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2026.10.29
鉄ピク 蒸気機関車特集を今振り返る ④
今どきであればインタネットオークションを覗けば、自分の欲しいものが簡単に見つかるのですが、昔は、雑誌の個人売買欄、バックナンバーを当たる、古本屋を巡る、くらいしか発行済の本を探す手立てはありませんでした。 鉄ピクの蒸気機関車特集を見つけるのは簡単ではありませんでした。
そんな状況ではありましたが、あの手この手と10年以上をかけて、C51、(C10、C11,C12)、(D52、D62) 以外の11冊、特集を揃えることが出来ました。
その11冊は、最初に買ったC58特集同様、蒸機各形式のバイブルとして私は書棚に保管していました。
ここで少し、その蒸気機関車特集の記事内容をご紹介したいと思います。
1 機関車の開発 計画・設計段階の話
2 機関車の構造的特徴、性能
3 機関車の使用線区と運用状況
4 マニアの目から見た機関車と配置状況
5 機関車の今後の動向
6 各地で活躍する機関車の写真ページ
各号によって執筆者が変わりますので、タイトル等は異なりますが、内容的には概ね以上のようなものになります。
執筆者は、それこそ各内容に精通したトップクラスの有名な方々で、生の声と言いますか、臨場感と言いますか、親しみの中に迫力さえも感じる記事になっています。
2026.10.25
イラストNO.143 北九州若松のデゴマル
10月のイラストももう少し前倒しでアップしようと思っていたところ、なんやかんやでまた遅くなって、月末近くになりました。
今回は、以前から描きたいと思っていた大正の名機 D50です。
若松にいた90号機は、K-7タイプの門デフと煙突の飾り帯が粋な北九州の名機で、蒸機ファンの間では人気の1台でした。
正面斜めからのイラストは、ディティール、パイピングなどをフルに描き込まねばならないので、結構時間がかかってしまいました。
毎度のことながら、蒸気ダメと砂箱ドームとの形と陰影の付け方には苦労しますが、なかなかうまく描けません。
2026.10.20
オーストリア・ハンガリー産業視察研修(2026年10月)

この10月ですが、毎度お世話になっている大阪府工業協会様企画の産業視察研修に参加してまいりました。
今回の視察先は中央ヨーロッパの「オーストリア」と「ハンガリー」でございます。
去年のポーランド・チェコ産業視察研修に続きまして、勢い勇んで行ってまいりました。
今回は両国で見てきたありのままの様子をお届けいたします。
中身がスカスカで味気ない見聞録かもしれませんが、時差ボケと腰痛と歯痛の中で必死に目を見開きながら情報収集してまいりましたので、最後まで読んでいただければ幸いです。
●オーストリア共和国
首都 ウィーン
人口 約920万人
面積 83,884km2(北海道とほぼ同じ)
言語 ドイツ語
通貨 ユーロ
一人当たり DGP 57,208ドル(日本は 33,950ドル)
●ハンガリー
首都 ブダペスト
人口 約960万人
面積 93,025km2(日本の国土の25%くらい)
言語 ハンガリー語
通貨 フォリント
一人当たり DGP 15,866ドル


今回、訪問させていただきました企業様は
●オーストリア
・アウガルテン陶器製造所 様
●ハンガリー
・アウディ 様
・株式会社ブリヂストン 様
・スズキ株式会社 様
・株式会社デンソー 様
今回も一流の現場、作業工程を見せていただき色々と勉強させていただきました。
誠にありがとうございます。
とりあえず手あたり次第、色んなカテゴリーに分けてざっくりと両国について記していきましょう。

●オーストリア、ハンガリー どういう国?
オーストリアとハンガリー、元々この2国はハプスブルク家の統治時代にはその周辺国をも含んだひとつの国でしたが、1918年の第一次世界大戦での敗退により分裂したという経緯があります。
現代においても文化的に似通っている部分は多く、兄弟のようでそうでないような非常に密接で複雑な関係にあります。
現在、オーストリアとハンガリーはサービス業(観光など)や製造業が経済の柱となっています。
どちらの国もGDPに占めるサービス業の割合が約7割となっており、その次が製造業となっています。
オーストリアは製造業でも自動車関連をはじめ、鉱業、金属、化学、木材などより多岐に渡って展開されている一方、自動車を中心とした特定の分野だけに産業が集中しているのがハンガリーです。
どちらも国内人口は1千万人を下回り内需としては市場が小さいので、基本的には他のヨーロッパ諸国へ向けての輸出が前提となってきます。
両国を比べた場合、オーストリアのほうが全体的に輸出品目や金額が大きいと言うわけです。
なので、両国の正社員の平均年収にもかなり差があり、オーストリアの正社員平均年収は800万円ほどに対して、ハンガリーはまだ300万円前後と、2倍以上の開きがあります。
日系企業がハンガリーに進出する理由がまさに労働者コストの安さです。
安くていい人材がいる。
素晴らしいではないですか。
しかし、少しづつその安価なコストも上昇傾向にあり、10~20年後にはまた別の戦略を考える時が来るのかもしれません。
街の風景、食事、サービスに関していうと、体感ではそこまで両国の生活の水準に開きがあるようには思いませんでした。
ただ、物価に関してはハンガリーのほうが全体的にお得感があったような気がします。
体感物価で言いますと、オーストリアは日本より3割高い、一方、ハンガリーは日本より2割ほど安いみたいな感じです。
ただ、これも場所によりけりで観光地物価はどちらも高いです。
ハンガリーに関してはヨーロッパ一消費税が高くその税率はなんと27%。(食料品、外食は5%)
もちろんその税金は福祉や教育に回りますが、最近の物価高のスピードがすさまじく、庶民はやや疲れ気味です。
我々日本人からするとさらに円安まで重なりますのでダブルパンチでございます。
ちなみに今のハンガリーフォリント相場は1フォリ=約0.5円ですが、4年前のフォリント相場は1フォリ=約0.35円でしたのでモロに円安の影響が出ています。
つまり今の10,000フォリントは5,000円もしますが、4年前はたった3,500円だったわけで・・本当にここ数年でも円の下落が激しくどこの海外に行っても円の弱さを痛感します。
オーストリア、ハンガリーはカトリックの国です。
休息は人生の最重要項目です。
というわけで、町のショッピングセンターはじめ、モノを売っている系のお店はあまり長くは開いてません。
おおむね平日は朝8時くらいから開店し、夜は18時くらいで閉まります。
日曜は観光地でない限りほぼ閉まっています。
なんなら観光地であっても容赦なく閉まっています。
逆に都市部や観光地にあるテラス席を備えたレストランは深夜近くまで賑わっています。
日用品の調達のし易さはやはり日本に軍配が上がります。

ちなみに海外に行く日本人をしこたま悩ます「チップ文化」ですが、オーストリア・ハンガリーにも少しだけあります。
まず、タクシーやレストランですが、本体価格にだいたい1割くらい上乗せで払うとのことです。
7.5ユーロ支払いの場合は8ユーロの支払いとか気持ち上乗せみたいな感覚です。
意外なことにホテルのベッドメイキング代ではチップを受け取ってもらえませんでした。
あるほうが望ましいと言われてはいたのですが、置いたままのコインはそのまま放置。
でもちゃんとベッドメイクはしてくれています。
この辺はベッドメイカーさん個人の感覚の差があるのでしょうか。
何にせコロナ以降、オーストリア・ハンガリーでは急激に衰退していった文化だそうです。
モノ・お金のやりとりでウィルス感染のリスクが高くなるからでしょう。
逆にアメリカはチップの要求がコロナ以降過激になってきて、チェーン店のタブレット支払いでも平気で本体代金以外で20%や25%のチップボタンが搭載されている厚かましさです。
そう考えるとオーストリア・ハンガリーのチップ文化はまだ我々の理解が及ぶ範疇ではないかと感じた次第です。
余談ですが、我々日本人は「オーストリア」と、南国の「オーストラリア」を聞き間違えたり書き間違えたりしますが、なんとこれ全世界共通の事象のようです。
これにはオーストリア自身も自覚がおありのようで、オーストリア各地のお土産店には「カンガルーがいない国・オーストリア」みたいな自虐Tシャツがそこそこの確率で売っています。
英語が難なく読める人だったら意味はすぐに理解はできるのですが、やはり我々非英語圏の人間からすると直感的に「カンガルーの絵が描いてあるオーストラリアのTシャツ」にしか見えません。(ギャグをギャグだと気づかないアレ)

●国境超えと交通事情
基本情報ですが、ヨーロッパには「シェンゲン協定」というものがあり、これは平たく言うと「加盟国同士は国境の境目を無視して自由に行き来できるようにしましょう」という決め事のことです。
オーストリアもハンガリーも、シェンゲン協定に参加していますし、去年行きましたポーランド、チェコもこれに入っています。
なのでこれらの国々には基本的に一度入国すれば、国境の往来でわざわざパスポートを提示しなくてもいいというわけです。
便利ですね。
飛行機でも車でも一緒です。
今回、オーストリアからハンガリーの国境超えはバスで通りましたが、まったく停車もせず高速道路上にていつの間にかハンガリーに入国しているという流れでした。
海という物理的な国境がある我々には、地味ながらもなかなかの衝撃体験です。

↑ 国境超えの瞬間
街で止まっている車をよく見るとナンバープレートの形や表記が結構バラバラで、これはいろんな国の車が往来しているのが理由です。

興味深いのは、車で移動している状態で他国に入国し交通違反をしたとします。
スピード違反だとか高速道路のETCゲートスルーとかやってしまった場合、なんと国を超えて違反金納入のお知らせが自宅に送られて来るというのです。
カメラでその瞬間が写っていれば、ナンバーを元に車の所有者を割り出しているとのこと。
通訳のリタさん曰く、以前イタリアでETCスルーをしてしまった際の違反通知がなんと3年経ってから来たと言うのです。
鬼のような執念ですが、手続きのトロさもまた神がかっています。
ヨーロッパに行くたびに強く惹かれるのが、人と車両(自動車、自転車)のゾーニング(ゾーン分け)の概念です。
例えば道路には自動車が走るメインの車線があるとすれば、脇には歩道と自転車のゾーンがこれまた線で分けられて通行帯を明確に区別しています。
馬車時代から続く人と車の共存関係です。
都市計画も基本的にはこの考えをベースに設計されているわけです。
日本なんかいまだに自転車はグレーゾーン扱いであり、軽車両である自転車は本来車道を走るのが正しいと言いつつ、車道に自転車レーンを組み込んでいるわけでもないのでどう考えても歩道を走るほうが安全という矛盾と混乱状態が続いています。
逆に歩行者の立場としては危険極まりないです。
立法も行政も、この理想と実態の乖離を是正する気はさらさらないようで、人と各車両が争いなく共存する世界はここ日本においてはまだまだ先のような気がします。

●ヨーロッパのアジア?謎の国ハンガリー
今回、オーストリアとハンガリーにお邪魔しましたが、どちらが良かったのかという個人的な感想はズバリ、ハンガリー(ブダペスト)でした。
オーストリアの首都は泣く子も黙る「ウィーン」であり、みなさんもちろん真っ先に出てくるイメージとしては「ザ・音楽の街」だと思います。
建築物の造形は圧巻で壮大、しかし、崇高で厳格なイメージのウィーンですが、いかんせん街の落書きがひどいんです。

どこにでもあります。
1メートル間隔で落書きが登場します。
落書き、シャレオツな言い方ですと「グラフィティ」ですが、かつてヨーロッパでグラフィティ文化がひときわ活発だった地域が東西に分かれていたころのドイツです。
そう、抑圧されていたドイツの若者がデッカいキャンバスと言わんばかりにあのベルリンの壁に落書きをしたのが事の始まり。
そこにアメリカのギャング、ヒップホップカルチャーの影響が重なり過激化、壁が崩壊した後もサブカルチャーとして残り今に至ります。
ドイツはベルリンを中心に、ハンブルグ、ブレーメンと、たしかにどこに行っても落書きだらけだったのを思い出します。
ドイツとオーストリアは隣接してますので、結局オーストリアの歴史的な建物にも容赦なくグラフィティが登場する有様です。
まいりましたね、ありゃ。
消してもまた落書きされるからという理由で消さないそうですが、芸術性の高い建物に急に現れる原色の意味不明な雄たけびは私をひどく疲弊させました。
一方、ハンガリーには落書きがなかったとは言い過ぎですが、圧倒的にその数は少なく街を眺めていて心落ち着いたのも確かです。
今回、オーストリアではアウガルテン様の陶器工場の視察のみで滞在時間が少なかったこともあり、ハンガリーの印象の方が強く残ったのも事実。
日本ではマイナー扱いのハンガリーですが、我々日本人にも深く刺さるのではないかという驚きの文化もありますのでここで少しハンガリーのことをアピールしておきましょう。
・名前の順が日本と同じ「姓・名前」の順番である
姓が先で名前が後ろという日本式同様の名前表記がハンガリーでも採用されています。
そう「イチロウ・タナカ」ではなく「タナカ・イチロウ」なわけです。
ファミリーネームが先にきます。
この表記順はヨーロッパでもハンガリーだけです。
でもハンガリー人は周りの国に気をつかって「イチロウ・タナカ」の表記順でわざわざ名前をひっくり返している場合も多いようで・・。
結局どっちが名前で苗字かがわからんようになっているパターンも多々あるようです。
たしかに周りが全員逆表記だとアウェーな感じは否めませんが、逆になぜハンガリーだけがその表記になったのか興味ありますね。
(お隣のルーマニアは両表記が公式に混在しているようで普通にわけわからん状態)
ちなみにハンガリー式の住所表記も番地から書いていく欧米式とは違い、「兵庫県姫路市花田町~」と大きい区分から書いていく文化です。

・赤ん坊のケツに現れる誇り高き青い紋章、それが蒙古斑なのだ
ハンガリーは間違いなく中央ヨーロッパに位置しますが、人種的にはアジアをルーツとするマジャル人で構成されています。
彼らのアジアルーツを証明するのが赤ん坊の時です。
そう、尻に青い蒙古斑が現れるハンガリー人が一定数いるというのです。
もちろん全員ではありませんし、隔世出現というプレミアパターンもあります。
しかし、純然たる白人には蒙古斑なんて一生待ってても現れませんので、やはりハンガリアンの遺伝子にはアジアルーツが大なり小なり含まれている可能性は高いと言えます。
ただ、アイデンティティとしては歴史的にもヨーロッパ人としての意識が高いでしょうから「同じアジア人だね」という言葉はやめといたほうがよさそうです。
ハンガリー人のお顔の造形も鼻が高く完全にヨーロッパ寄りですので、蒙古斑の件を除けば「どこにアジアの血が・・?」という感想のほうが大きいかもしれません。
・日本と同格の温泉大国
火山と断層と温泉はセットだと思われがちですが、なんと火山も地震もないのに地質の関係でハンガリーには温泉が湧き出ています。
しかもその数100か所以上。
地震がない温泉大国とは、羨ましいにもほどがあります。
ハンガリー人にとって温泉は特別な場所であります。
ちなみに1回500円とか、そういう利用の仕方ではなく、水着で入って1日中いるような、ちょうど日本で言うスパのような扱いです。
利用料も1日5,000~8,000円とかなので、日本の温泉のような入浴してすぐ出るという利用の仕方とは少し違います。
ただ温泉に対する考えかたが日本と決定的に違うのは、日本以上に「病気を治癒する」という側面が強いところです。
一例をあげますと、各温泉には様々な病気に関する専門の先生が常駐しており、その先生を目的に温泉に通ったりすることは特におかしな行動ではないというのです。
温泉通いが事故や病気のリハビリを兼ねている面もあり、我々が思っている以上に本格的な治癒志向が漂います。
さすがに日本でも「温泉にプロのお医者さんが常駐~」などという話は聞いたことがありませんので、そういう意味ではハンガリーにおける温泉というのはリラックスや衛生目的で行く日本の温泉より、もっと意味が深い「病院」のような要素が強いのかもしれません。
今こそハンガリー人に対して、我々が愛する日本の温泉をPRしてみてはどうでしょうか。
「なに!?日本の温泉は完全ネイキッド方式だって!イカれてるぜ!」とバカにされること間違いなしですが、そのうち水着なんかアホクサくて着けてられなくなるはずです。
温泉DNAが入っているハンガリー人はすぐに日本式温泉を好きになってくれることでしょう。(多分)

・ハンガリーには天才が多い
実はハンガリーには化学や医学などでノーベル賞を受賞した博士たちが数多くいらっしゃるわけで、ノーベル賞受賞者輩出率ではハンガリーが人口比率で世界一です。
頭がよくて勤勉な方が多いのです。

ちなみに世界中で誰もが知るこのルービックキューブですが、これもハンガリーのルービック博士が考案した頭脳玩具です。
とは言っても、ハンガリー人自体、特にルービックキューブは得意とかではないそうです。
ハンガリー人にルービックキューブを手渡して「じゃあ全面揃えてみて。20秒で」とかいうルービックハラは禁物です。
全然関係ないですが、今回ハンガリー視察で終始通訳で同行してくださった日本語流暢なハンガリー人のリタさんですが、旦那様はなんと私と同じ姫路市民の純日本人だそうです。
前市長の石見利勝さんの親戚の方だとか何とか・・世の中色々なご縁がありますね。

●物価、給与事情
コロナ以降、世界中の物価が高騰しているのは皆さん周知のとおりです。
ハンガリーも例外ではなく、ここ10年程の物価上昇率はすさまじいものがあります。
ハンガリーのビッグマックを例に出しますと10年前、2016年にはだいたい400円ちょっと下くらいだったのが、今やなんと900円もします。
(ちなみに日本は370円でしたが、10年経って今は480円。たったそれだけ)
スズキ様で訊きましたワーカーさんの給与事情はと言うと、10年前にはだいたい20万フォリント=約10万円だったのが、今は同じランクの方で30~40万フォリント=約15~20万円だと言います。上昇率ほぼ200%とは驚きです。
デンソー様でもここ10年で2.3倍だとおっしゃっていましたから、本当にここ10年でいろんなモノが2倍になったといっても過言ではないでしょう。
低迷中の日本だと10%の上昇どころか、下手したら下がってる可能性すらあります。
そして、ブダペストのアパートの家賃はだいたい10万円とのことで、給与の半分が家賃で消えるそうです。
ちなみに土地の価格は30年で10倍になったとのこと。
なんでもかんでも高騰していますね。
このあたりはオーストリアも含め、世界中大なり小なり価格上昇という流れはあったでしょうからハンガリーだけが特別というわけではなさそうです。
それにしても10年で給料2倍は夢がありますね。
400万円の給料が10年で800万円ですよ。
日本ではよほどの転職キャリアアップマンでしかあり得ない現象です。
昔の日本はそうだったかもしれませんが・・今の日本では相当むずかしいと思います。
(上場企業だとまた違うのかな?うーん、羨ましい)

●おわりに
この記事を書いてる10月半ばですが、ひとつのニュースがYAHOOに上がってきました。
【日本のDGP 2027年に世界6位に転落見込み】。
考えさせられますね。
円安だし、人口減ってるし、経済が上昇するイメージが湧かないので「そりゃそうだわな」という気持ちがある一方、日本人がそんなに堕落しているのかと言えばそんなことを強く感じるわけでもありません。
私は経済学者でも心理学者でもないので日本がここまで沈んでいく要因がいまだによくわかっていません。
国が悪い、政治が悪い、あの国が悪い・・他責思考でもそれをバネに上昇する気があるならばもう少し日本の経済もよくなっているんじゃないかと思います。
どうも日本人自身、やる気そのものがなくなっているような気がするのです。
日本人のやる気は一体どこに消えてしまったのか。
将来に対する明るいイメージが湧かないから「投げやり」「絶望」のような心理になっているのかもしれません。
視察で海外に行ってその国々で感じることは「将来は明るい」という空気感でしょうか。
伸びしろを感じ、頭打ちな感じがしない。
今の日本にない「将来性」です。
30数年前、中学生の時、家族旅行で初めて外国に行きましたが、やはり現地では「日本人は金持ちだ」と持てはやされ、わけのわからん金製品が陳列しているお土産屋さんに連れていかれたことを思い出します。
1ドル80円台の超円高だったせいもあるでしょうが、どの国に行ってもスーパーマーケット、土産物屋に行けばそこそこの「豪遊」ができたものです。
今は外国に行けば買い物ひとつでいちいち委縮してしまいます。
本当にクソ高いのです。
オーストリアではレッドブル1本が1,000円もしました。
コカ・コーラ1本600円です。
観光地価格とはいえ高すぎます。
日本のドラッグストアだと500円あれば2本とも買えます。
2年前のタイ視察の時も「あれ?いろいろ買うけど昔ほど安くないな・・」という感想でした。
最初に海外デビューしてから30余年、少しづつ変わってきたなと感じるのは「日本って昔ほど強くないな」という何とも形容しがたい漠然とした感覚です。
特にコロナ後に再開した視察からは、以前と違って明らかにその感覚が強くなってきました。
私だけの気のせいでしょうか。
まるで世界から1世代遅れているような感覚です。
でもやっぱり日本人である以上、日本という国はいつまでも強くあってほしいと常に願っています。
昨年のポーランド視察では、チェコへの移動時に空港での並びのレーンが満員で、我々視察団御一行が乗り遅れそうになったのですが、「君らは日本人か?こっちのレーンに来なさい」と現地の職員に促され、行列のないレーンから軽いチェックだけで中に通してくれたのが印象的でした。
日本人がまだまだ「信頼」というベースに乗れているからこそ成り立つ現象だと思いました。
日本という国が没落した時、やはり日本人への態度・対応は少しづつ変わってくるのだと思います。
経済が強いとその国は強くなれます。
そして国民も強くなれます。
今はまだ日本という国は世界の中で信頼の厚いポジションにいると思っています。
完全に没落しないうちに、またあの強かった頃の日本に戻りたいと強く願います。
戻らなければならないと思います。
今ならまだ戻れると信じたい。
オーストリア・ハンガリーを介して、今の日本が踏ん張り時であることを強く感じた次第です。
まずはわが社、社員の幸福から。
地道に改善、改革を進めていきます。

このすばらしい視察を企画をしてくださった大阪府工業協会の三栖様、神澤様、東武トップツアーズの稲岡様、そして各企業からご参加の個性派揃いの猛者20名の方々、厚く御礼を申し上げます。
またご一緒できる機会を楽しみにしております。
大阪府工業協会に光あれ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
2026.10.18
鉄ピク 蒸気機関車特集を今振り返る ③
陸上輸送の立役者として一世紀以上走り続けて来た蒸気機関車の淘汰が、現実味を帯びてきた昭和40年代半ば実に様々な蒸機に関する書物、写真集などが発行されるようになります。
それらは蒸機の形式別紹介、全国各地で撮影した写真、蒸機の歴史、活躍、撮影地ガイド等々百花繚乱でしたが、その中にあって鉄ピクの蒸機特集は鉄道図書刊行会発行ということで、単に一般鉄道ファン向けという線を越え、プロ向けの味がするような誌面構成の雑誌に思えました。
蒸気機関車各形式の開発コンセプトから設計、製作、使用用途、各地での活躍、配置状況、現場の声、ファンの眼から見た感想。。。 原稿の執筆者も蒸機の設計者、開発担当者、現場で実際に接している人、または著名なファン、あらゆる角度からその形式を見た特集になっており、専門的であるにもかかわらず、わかりやすく親しみの持てる雑誌になっていました。
私が鉄ピク蒸機特集を知ったのはC58特集からでしたが、その後のD51、B6特集は当然のことながら買いました。
さて、最初にご縁のあったC58特集の記事の一節に、昭和35年のC51特集を皮切りに続いてきた特集もD51で最後、とあり、鉄ピク蒸気機関車特集が過去に何冊もあったのだと知りました。
当時、国鉄蒸機最後の17形式といわれていたすべの機関車特集が発刊されていたのでした。
(特集に収められた形式は24形式ですが、C51、E10、B20、C54、C10、D62、B6 の7形式は、最後の17形式といわれた時点で形式消滅していたと私は推測しました)
知ったからには、鉄ピクバックナンバーですべてを探して揃えたい! さて、どのようにして手に入れるのか。
まるで雲をつかむかのような話がここから始まりました。
2026.10.14
鉄ピク 蒸気機関車特集を今振り返る ②
さて、鉄ピクの蒸気機関車特集ですが、このC58は特集のラスト2で、最後のD51を残すのみというタイミングで刊行されたものでした。
遡ってみると最初に発行されたのは昭和35年2月号 鉄ピク103号のC51特集でしたが、整理をしてみると以下のような一覧となり、足掛け8年間、13冊に及びます。
35年 2月号 (103) C51
36年 10月号 (123) B20,E10,C54
37年 5月号 (132) C10,C11,C12 10月号 (137) D52,D62
38年 2月号 (141) C55,C57 10月号 (150) C60,C61,C62
39年 2月号 (154) D50,D60 9月号 (162) C59,C56
40年 4月号 (169) 8620,C50 9月号 (175) 9600
41年 4月号 (182) C58 12月号 (191) D51
42年 4月号 (195) B6
なお、番外編としてはB6特集があり、D51で完結した後刊行されたものですが、小特集ではありませんので私はカウントに入れています。
蒸気機関車特集の組まれた形式と発行時期とは、そろそろ形式消滅するか、またはそろそろ廃車が始まるかというタイミングで企画されており、時期的に見て、誠に当を得たものであったと感慨深いものがあります。 なるほど、全国津々浦々、両数的にも運用線区的にも存在価値の大きかったC58、D51がしんがりを務めたのは自然の成り行きですね。
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