社長&スタッフブログ

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2018.10.23

飯田線全線走破の旅 番外編

 

 この度、飯田線全線走破の旅を、私は大変楽しみにしていました。

もう今から40年以上前の昭和49年夏、大阪の鉄友4名と共に、ED18、ED19、ED62とゲタ電の撮影に、飯田線を訪れたことがあり、いつかは再び行って見たいと長年思っていたからです。

それでも中々機会もないまま、月日は流れていきました。 40年以上も。。。

その頃の飯田線は、旧型国電や、アメリカ生まれの古豪電機ED18、19やED60改造の新形式で登場したED62などが活躍する線区として知られており、各地から撮影に訪れる鉄ファンも多かったように思います。

この時私たちは、豊橋から飯田線に乗り入れ、雨の中、各停の旧型国電にガタゴト揺られながら、長時間の飯田線沿線風景を楽しみましたが、やはり、急勾配と急曲線が続き、天竜川添いの結構急峻な山肌にへばりつく様に走る路線は想像以上のもので、よくもまあ、こんな地形のところに線路を敷いたなー、と感心したのを覚えています。 なるほど、落石やがけ崩れが多いわけだ。。。

私たちは一目散に駒ヶ根まで行って、駒ヶ根機関区を訪問して3形式の電関を撮影し、その後さらに北上して伊那松島電車区を訪問しました。

今では記憶は定かではありませんが、この時には何故か駅間での走行写真は撮影せずで、今から思えば残念なことをしましたね。

2018.10.18

飯田線全線走破の旅

  地元鉄お二方との夕食会も盛会のうちに終わり、翌日の朝食の食料品をコンビニで買って、ホテルに帰りました。 

岡谷に飲み屋街はあったのでしょうか? 駅近辺には無いようでしたので、要らん時間と金を遣わずに済みました。 

さて、翌朝は岡谷6時37分発の204Mで、まず飯田まで行きます。 というのは、飯田で204Mから、ワイドビュー伊那路2号に乗り換えて、豊橋には12時31分に到着し昼食を、という行程でした。 本来時間が許すなら、特急を使わずに全線各停での走破が正統派なのですが。

岡谷の朝は小雨でした。 まだ明けやらぬ中、駅に向かいました。 

駅のホームは、早朝にもかかわらず意外と人が多くてびっくりしました。 とは言っても、車内がいっぱいということはありませんから、ゆっくりと飯田線の旅を楽しむことが出来ますので、良かったです。 アルコールを飲みながら車窓を楽しみたいですから。

乗車率でいうと10%くらい。

で、204Mは岡谷を定時に出発しました。 2駅先の辰野からはいよいよ飯田線に入ります。 平均駅間2,1Kmという、強烈な駅数の飯田線ですが、天竜川沿いの山肌を右に左に縫うように線路が続く線区で、オメガカーブやら40‰という最急こう配、急曲線そして秘境駅。

飯田線の旅は、テツならずとも興味深いところです。 ただ、普通の人に各停電車7時間ということに耐えられるのかどうか? という問題もありますが。 

辰野からは伊那、飯田と町並みが続き、静かな田園風景が車窓に広がります。 晴れていれば南アルプスの山々が遠望出来るのですが、この日はあいにくの雨模様で、霧か雲か、それらは見えませんでした。 そう言えば、雨脚がきつくなっていました。 雨もまた良し。

飯田までの約3時間、各停の旅をゆっくりと楽しみ、いよいよ飯田線の佳境、天竜川と秘境駅、オメガカーブ、急勾配、急曲線、そして数えきれないくらい多くのトンネルが連続する区間に入ります。 私たちは飯田から9時58分発 ワイドビュー伊那路2号 に乗り換えて出発です。

飯田線の中間くらい、天竜峡を出たあたりからは急に川沿いの山間部を往く鉄路に風景が変わり、民家の数もグッと少なくなります。

やがて、為栗(してぐり)、長野・静岡の県境 中井侍(なかいさむらい)、そして小和田(こわだ)、大嵐(おおぞれ)、水窪(みさくぼ)と、有名な秘境駅が連続しますが、ちなみに駅名も変わってますね。

本来なら途中下車して、それらの秘境駅の、秘境らしさ?も味わってみたい気分です。 しかし一旦列車を降りようものなら、次の列車まで2時間くらいは待たなければなりませんので、豊橋までなかなかたどり着けないようになります。 

先頭車から行く手の線路を見ていると、急勾配と急曲線の連続は、もしもこれをギュッと圧縮したら、さながら遊園地のジェットコースターの様相です。 そしてもうひとつの飯田線のおもしろさは数か所あるオメガカーブです。これは、今、通って来た線路や、今から通る線路が車窓からほぼ横に確認できることです。 これはもう、退屈しませんね。。。私たちが列車内で陣取っていた席は、車両の端の、ガラスで仕切られた空間のルーメットのような場所で、沿線風景をグラス片手に楽しめるのですから、テツにとっては至福の時間と言えるでしょう。

豊橋に向かって列車は走ります。 天竜峡を川の西側、東側とクネクネと進む様は爽快で、乗っていて全く飽きることがありませんが、東栄を通過するといよいよ愛知県に入ります。 しばらく走ると、山間部を抜けて次第に田園風景となりますが、やがて民家も多くなってきます。

飯田線が普通のローカル線に戻ったような気分にさせられるのと同時に、もうすぐこの秘境駅巡りの旅も終わります。

12時31分、ワイドビュー伊那路2号は豊橋に無事到着しました。 もう結構な時刻なように錯覚するのは、朝が早かったから。

福岡君が予約してくれた、駅前のすし、うなぎの 羽子吾 という老舗で、うなぎを食べて、飯田線の旅はおしまいになりました。

2018.10.16

飯田線全線走破の旅

  週末にオッサン4人衆乗り鉄、今回は飯田線に乗ってきました。 いつもながらのオッサンは、北君、原君、福岡君、そして私です。

昔、落石、今、秘境駅。 飯田線をひと言でいうならこんなところでしょうか。 愛知県豊橋から静岡県に入り長野県辰野に至る、全線約200Km、単線電化、95駅、各停では所要時間7時間を要する、というスーパーローカル線です。 近年の鉄道人気は鉄道ファンのみならず一般の人たちにも広がりを見せ、ちょっとした秘境駅ブームなども手伝って、秘境駅号という名の観光列車が季節的に運行されるというローカル線です。

秘境駅というのは、概ね、山間または原野の中にポツンと、あたりに人家も無くその駅の乗降客もほとんどない、なんでこんなところに駅があるの?といったような感じの駅のことですが、飯田線はその秘境駅の宝庫で、天竜川に沿って敷かれた路線には秘境駅が点在します。

本来、姫路発での飯田線走破は豊橋側から入るのでしょうが、私たちは長野県辰野から、飯田線に乗って南下、豊橋に至るコースを辿りました。

13日土曜日。 13時02分発の ひかり470号で名古屋まで行き、そこからは15時発の ワイドビューしなの17号 で中央西線を塩尻まで行きます。

福岡君は ワイドビューしなの の先頭車グリーン展望車を手配してくれていましたので、かぶりつき、行く手の景観が手に取るように見えます。

毎度のことながら、原君がグラス、ミネラルウォーター、ワイン、北君がウイスキー、福岡君が酒のあて各種、日本酒などを持参してくれますので、至れり尽くせり、と言ったところです。 私は手ぶらですから、いつも苦力役です。

塩尻までの2時間弱、グラスを片手に特等席からの眺めを楽しみます。 気分がいいのでアルコールがつい多くなって、すぐにほろ酔い状態になってしまいますね。 名古屋でお見送りを受けた松本さんの差し入れ、名古屋コーチンの手羽先。。。これは名古屋名物らしいですけど、スミマセン、私、鳥が一切ダメなもんで。 

さて、私たちは塩尻で中央本線の列車に乗り換えて、岡谷まで行きます。

飯田線は豊橋から辰野までの路線ですが、中央本線の上諏訪始発で飯田線に入る列車がありますから、上諏訪から辰野までの中間にある岡谷宿泊、と手配してくれたようです。 

岡谷到着は17時08分。 宿泊ホテルは駅前ですからすぐにチェックインして、夕食場所、旬魚と和食 太助 に急ぎました。 ここには地元諏訪から、高木さん、中村さん、2名の地元鉄にお越しいただき、我々と共に6名でのテツ宴会となりました。 黙っていても宴会は盛り上がりますよね。

       

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