社長&スタッフブログ

2020.03.19

鎮魂の碑 

  今から75年前の昭和20年3月31日のこと。

国鉄北条線 (現 北条鉄道) 網引駅西方で、列車脱線転覆、死傷者116名 (死者は12名) という大事故がありました。

これは、鶉野飛行場に着陸しようとしていた紫電改が、エンジン停止によって飛行が不能になり、畑に不時着する際に尾輪付近を線路に引っ掛けてしまったという事故でした。

運悪く、その直後に通過する上り列車が、道床からずれて変形した線路で脱線、そのまま下の畑に機関車、客車共、転覆したというものです。

先日、鶉野飛行場碑苑保存会の上谷さんから連絡を頂き、この度事故現場に慰霊碑を建立し、事故のあった3月31日にちょっとした式典を執り行うとのことです。

事故が起こった午後3時半の後、網引を通過する上り列車で汽笛吹鳴をするとのことですから、DCのタイフォンなのですが足を向けてみようかと思っています。

汽笛は写真には写りませんから、動画にしないとダメですね。

この度、上谷さんから依頼を受けて13年前、加西市役所で開催された鶉野飛行場展に製作した、墜落現場の再現ジオラマのデータを掘り起こしました。

線路を含む地面を折山君が、機関車と客車、紫電改は私が担当して、それらしく作ってみたのですが、線路と紫電改との距離が1/80では取れず、実際よりもかなり縮めてあります。

その距離は200m弱あったとの証言もありますが、まあそれはともかく、おおよそ、どんな事故現場だったのか想像はして頂けますでしょうか。

ちなみに、機関車は中村精密のC12、ナハ22000系風木造客車はペーパーで自作、紫電改は長谷川の1/72 を使っています。

また、このジオラマを見た当時の現場を知る人が、紫電改の機体の損傷は模型よりももっと酷く、客車は中ほどからくの字に曲がって、半分は機関車の上に乗っていたとのことで、製作した私たちの想像をはるかに上回る惨状だったようです。 

いつか機会があれば、このジオラマよりももっと事故現場に近いものを再現してみるのもいいかなと、私は秘かに思っています。

地面は折山君にお願いしなければならないですけどね。 

75年前に事故のあった現場付近

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