社長&スタッフブログ

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2017.11.29

イッセイの近況

皆さんお久しぶりです。

イッセイです。
ずいぶん長い間放置してしまいました。

実は放置していた2年半の間に色んなことがありました。

2015年のお盆にはバイク事故で右足を粉砕し、足から骨がコンニチワする事態に。
入院と自宅療養で2ヶ月ほど会社を空けてしまいました。
色々と迷惑をかけてしまいました。
すみません。
あと、家族や友達や社員が色々と助けてくれました。
どうもありがとう。

不在でしたが同年9月には予定どおり「専務」に昇格しました。

2016年の2月には創立80周年の記念行事を行いました。
もちろん完治していない足を引きずっての参加です。笑

社員全員でアベノハルカスに昇り、道頓堀をクルージングしました。

2017年の正月にはおばあさん(母方)がなくなりました。
先代只野一位の妻です。
元旦に親戚全員が集まってるときに「なんか体がしんどいな~」と言って、1月5日に亡くなってしまいました。
92歳でした。
おばあさんは長年、我が実家の近所で一人暮らしをしていたのですが、年に1回親戚全員が集まってる中での体調不良でした。
これがもし正月でなければひっそりと孤独死してた可能性大です。(孤独死の定義は色々ありますが)
夏だと死後2時間で腐り始めるそうです。
それを考えると奇跡の亡くなり方です。
最高の死に方でしょう。
私はそう思います。
人の幸せというのはどのような「生き方」ではなく、どのような「死に方」をするかで決まるのではないかと考えさせられました。
孤独ではなく、家族に囲まれながら死にに行く。
私もおばあさんのような最後を迎えたいと思いました。

(在りし日のおじいさんとおばあさん)

9月にはなんと35歳にして白内障の手術をするハメに。
よほど日頃の行いが悪いのか・・なにせ30代で白内障とか聞いたことがありません。
10年ほど前から右目だけやたらと曇ってたんですね。
それで眼科に行ったんですがその時は症状が軽く、白内障とは診断されませんでした。
最近になっていよいよ物を見るのに支障が出るようになって、5年ぶりくらいに眼科に行ったら「あなた白内障ですよ」っていきなりの死刑宣告です。笑
ちなみに部分麻酔で、普通に意識がある中で目玉にメスを入れられるんです。

冗談抜きで死にそうになりました。

11月19日から22日までは中国・大連に行ってきました。

その模様は次回のブログにてお伝えします。

今は・・一応バイクには乗っているんですが、遠出することはなくなりました。

チームも抜けたので、一人で市内をパトロールするくらいです。

りあえずイッセイは元気ですよというご報告でした。

2015.06.21

ハイキングジェットファイア

 皆さん、お久しぶりです。



私、イッセイはバイクのチームとは別に【ジェットファイア】というチームの代表をしております。
正式名称は【人生周回遅れの会 ジェットファイア】です。
30歳前後の独身の男子で構成されている、その名のとおりのどうしようもないチームです。
一応「既婚者特別枠」というものも設けておりまして、そこには一人だけ既婚者がおります。
が、それ以外7人は全員独身です。
ネジ屋、パッキン屋、ケータイ屋、木こり、魚屋・・なんとお寺の住職までいます。
何をする集団なのかと言えば特に決まりはなく、平たく言うとただの友達です。笑


そんな人生終わりかけのどうしようもない集団が最近ハマっているのがハイキングです。


名づけて「ハイキングジェットファイア」!
とは言っても、実はまだ2回しか山に登っていません。
正直言いますが、ただのド素人集団です。



今回はそんなド素人達が手探りで挑んだハイキングの模様をお伝えしたいと思います。


その前に・・なぜハイキングなのか。
実は言いだしっぺは他ならぬこの私なのですが、なぜハイキングと言ったのかは・・全然覚えておりません。笑
私自身、幼少期から学生時代まで外で体を動かすのは本当に嫌いで家に引きこもっていたのですが、社会人になってから考え方が変わり「健康が第一。健康のためなら死んでもいい!」をモットーに体を動かすことが「苦」ではなくなりました。
ジム通いは5年目になりました。
ハイキングをしようと言った理由、それはおそらく開放的な気分で体を動かしたくなったからだと思います。


何よりありがたいのはこんなアホな企画に乗っかってくれる仲間がいるということ。
一人ではおそらく山選びの段階で投げていたかもしれません。


●第1回 ハイキングジェットファイア 七種の巻 (2015年4月11日)
参加戦闘員 3名 【イッセイ、コシミズくん、谷口っちゃん(たにぐっちゃん)】


七種山と書いて「なぐさやま」と読みます。
兵庫県福崎町にある標高683メートルの山です。


全体像はこんな感じです。

通ったルートはこんな感じ。
作門寺山門前駐車場に車を止めて山を登って、一旦下山してからまた駐車場に戻ってくるというルートでした。


ん?なんじゃありゃ


アヒルとカルガモによる関所のようです。(実は帰りも・・)

作門寺山門前駐車場。ここに愛車を停めておきます。
あとで取りにくるからな~。


初ハイキングでテンションMAXIMUMの私です。

本日の戦闘員。谷口っちゃんとコシミズくん。



最初はライトな傾斜でまったりと進んで行けました。

   
   
登山開始から30分ほどで眼前に現れる「七種の滝」。
コレは絶景です。
そして滝の前にある七種神社ですが・・
見事に落書きだらけ。
せっかくの絶景が台無しです。
書いた者、全員死刑!
この滝を越えた直後から途端に難易度が上がります。
漠然とハイキング行くぞ~と言っていただけなので、こんな岩場があるとはちょっと予想外。
手袋を持ってきていなかったコシミズくんはかなり苦労しています。
登山開始から1時間強。もうすぐです!水分の抜け切った矢吹ジョーみたいです。

そしてついに頂上に辿り着きました!

おお!本当にこんなところまで登ってきたのか!
周辺の山々を見下ろすと改めて自分たちが立っている場所が山の頂なのだと実感できます。
この感動は言葉では言い表せません。
それと同時に「ああ、こんな自分でもやれば出来るじゃないか」という達成感もやってきます。
頂上でお待ちかねの昼メシタイムです。
カップラーメンに湯を入れた直後「あああ~!!」と絶叫する谷口っちゃん。
そして一言
「は・・箸を忘れました」
とのこと。
結局、コシミズ君の「中古箸」を使用するハメに。笑

雁首そろえて記念撮影。




下りの急勾配もなかなかのモノでした。
登山開始から下山して駐車場に到着するまでの所要時間は約4時間でした。
初心者にはちょうどよいコースかもしれません。
無事任務完了です!
星乃珈琲店で反省会をしました。
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●第2回 ハイキングジェットファイア 明神の巻 (2015年6月13日)
参加戦闘員 3名 【イッセイ、おもとくん、コシミズくん】
つづきましてはこちら、兵庫県夢前町にある「明神山」(みょうじんさん)。
標高668メートル。
前回の七種山とほぼ同じスペックです。
なんと前回参加してくれた谷口っちゃん、慣れないハイキングでの無理がたたりヘルニアが発動したようです。
しばらく運動は出来ないとのこと。
せっかくグッズ買い揃えたのに・・全部貰ってあげようかしら(物乞い)
今回はおもとくんが参加してくれました。(イッセイ高校時代の同級生)
明神山の全体像です。
Aコース、Bコース、Cコースの他に片道6キロという超難度コース「大明神コース」もございます。
今回通ったルートです。
登りは一番距離が短いBコースから攻めていくことにしました。
本日の戦闘員、おもとくんとコシミズくん。


 



しかしこのBコース、思いっきり失敗だったのです。
中盤のナメ滝に差し掛かったときです。
コシミズくんが「うぎょおおおお!!」と奇声を張り上げました。
「どないしたー!?」と近づいて彼の姿を確認すると、なんとひざやブーツにヒルが張り付いているのです。
「な!なんやコイツらは~!!どっから湧いてきよったんや~!」
みんなで協力してヒルをシバきまわしていると、なんと私の足元にもすでに張り付いていました。笑
エライことに来てしもうたと焦りながらとりあえず全員で避難しましたが、ヒル地帯を抜け出す8合目までまったく休憩なしのほぼトレイルランニング状態でした。
Bコースは谷になっており、この季節はヒルが大量に発生するようです。
距離が短いという理由で安易にBコースに決定した結果がコレとは・・!
初心者丸出しもいいところです。
満身創痍で頂上に到達!
瀬戸内海を一望できるという絶景スポットは・・・黄砂で曇っているのか、何がなんやらサッパリです。

とりあえずみんなで昼メシを食べましょう。(^ω^)ウマウマ

しかし気になるのはこの頂上の休憩スポット、なぜかハエが大量に飛んでいます。
別に生臭いとか、動物の死体があるワケではないんですが、とにかくハエのおかげで心休まりませんでした。
そして記念撮影。

帰りはどうしましょうか。
Bコースだけは堪忍しとくれやす~と、これまた安易にAコースに決定。
強烈な岩場のおかげでなかなか前に進むことが出来ませんが、ヒルがいないだけ100万倍マシです。
しかし下りのはずなのに上ったり下がったり・・距離も長いような気がします。
「おかしいな」と思い、道中マップを確認してみると、この件。
  
ちょ・・・実はAコースが一番難しいとのこと。笑
何にも確認していないアホ3人です。
とりあず行くしかないので、ひたすら下りていきました。
Aコースの名所「マンモスの背」。
足を滑らせたら人生終了です。要注意。
なんだかんだで文句を言いながらも、無事下山できました!
長かった・・。
所要時間約4時間。
前回の七種とほぼ同じような行程です。
帰りはみんなで雪彦温泉に行って汗を流しました。
そして打ち上げ・・・
デブまっしぐらです。


そして終わりにコスモもぶっ壊れるという・・


皆さんもハイキング是非チャレンジしてみてください。

ちなみにこの2パターンくらいのハイキングコースですと、消費カロリーは1山1500キロカロリー前後だそうです。
それなりの運動量ですね。
以上、ジェットファイアがお送りするハイキングレポートでした。
次回は書写山あたりを予定しております。
ではでは~


イッセイ

2015.03.17

太陽と埃の国で 後編 (フィリピン日系企業視察の旅 2)

 さて、お待たせしましたフィリピン日系企業視察の旅 後編です。


本編は車とバイクのことについて書いていきます。

(各データソースは今回訪問させていただいた企業様の資料やマークラインズからの引用です)


まずは自動車。
フィリピンの2014年度の新車販売台数は約27万台と、過去最高を記録しました。
ここ10年・・例えば2005年からの新車販売台数を見ても毎年右肩上がりの推移できており、鈍化の兆しが見えるタイやインドネシアと比べても、この勢いはまだまだ衰える気配はなさそうです。
2010年の16万台が2011年に14万台に一時減少したのは、この年に業界3位のヒュンダイ自動車がCAMPI(フィリピン自動車工業会)を脱退したため、その台数がデータからゴッソリ抜けてしまったからです。
(なぜ脱退したのかは不明ですが、何か販売台数を公表したくない理由があるのは確かです)

フィリピンでの自動車メーカーのシェアを見てみましょう。
第1位・・・トヨタ   38.4%
第2位・・・三菱    18.6%
第3位・・・ヒュンダイ  8.6%
4位はフォードとホンダが6%を行ったり来たり・・といった感じです。


1位のトヨタは予想どおりですが、2位に三菱がつけているのは日本人ならだれもがビックリする驚愕の新事実です。(失礼)


確かに三菱車の車はかなり多いなと思いました。
国籍別シェアでいいますと、日本メーカーが8割を超える圧倒的な勢いを見せつけています。

ここからはひたすらフィリピンを駆る自動車の写真を貼り付けていきましょう。


















フィリピンで人気のタイプはやはりSUVやピックアップ車。
タイと同じような光景だったなと思います。
フィリピンでの人気SUVの筆頭はトヨタ【フォーチュナー】と、三菱の【モンテロスポーツ】、フォード【エベレスト】。
本当にどこにでも走っています。
アメリカ市場専用車のフルサイズピックアップ車も何台かみかけました。
マルコス独裁時代には一時トヨタが撤退して、町中の自動車の殆んどが三菱と日産だけという時代もあったそうです。
三菱は今でもシェアをキープしていますが、今回の視察では日産車はあまり見かけませんでした。

せっかくですから今回お伺いさせていただきました自動車メーカー様(トヨタ様、いすゞ様)のフィリピン市場での展開をザクッと紹介していきましょう。


●トヨタ
フィリピンではサンタ・ロサ工場に1拠点。
フィリピンでの生産車種は【ヴィオス】と【イノーバ】の2車種のみ。
どちらもアジア市場戦略車なので日本では見ないです。

ヴィオス(コンパクトカー)
ヴィッツがベースになっています。
世界共通認識として、その国の中間層がこのような1500cc前後のコンパクトカーを買っていく傾向が強くなってくると「モータリゼーションの到来」と言われます。

イノーバ(ミニバン)
なんとラダーフレームです。
普通乗用車に大人4人乗りとかが当たり前の国では、このような大きな室内空間の車は重宝されます。

フィリピンで作っているのがこの2車種だからといって、ディーラーで売っているのがこの2車種だけと言う意味ではありません。
フィリピンのトヨタディーターで販売している車種は他にも【ランドクルーザー】、【フォーチュナー】、【ハイラックス】、【カムリ】、【FJクルーザー】、【アルファード】などがあります。
意外にも【86】や【プリウス】も正規取り扱いです。

●いすゞ
いすゞは日本での乗用車市場からは完全に撤退しており、職業トラックのパッとしないイメージしかありませんが、アジア圏では今なお根強い人気を誇ります。
1950年にはタイへの輸出が始まったということですが、同じ頃にはすでにフィリピンでもいすゞ車は走っていたとのこと。
以前行ったタイでもいすゞのピックアップ車が相当数走っていたとお伝えしましたが、東南アジアにおけるいすゞブランドの認知度は日本のそれとは比べ物になりません。
フィリピンでも例外なく、いすゞ人気はかなりのものです。
ローマ法王が今年1月にフィリピンに訪問した際に、ミサなどの移動の際に使用したのがいすゞの【D-MAX】だったというのですから信頼度は政府お墨付きというわけです。

フィリピンで走っている小型中型トラックの市場ではおよそ7割がいすゞのトラックといわれています。
なんでも、いすゞのトラックに限定していえば、日本で10万キロ・20万キロ走った個体をバラバラにしてフィリピン国内へ輸入、左ハンドルに改造して売っている専門の業者がいるほどです。
たしかにどこに行ってもいすゞのトラックが多いのなんの。
フィリピンの荒い舗装路で毎日酷使しても壊れる箇所が少ないようで、現地でも大変評判なようです。

乗り合いバス「ジプニー」のエンジンもいすゞのエンジンです。
乗用車のSUV部門ではトヨタと三菱の後塵を拝しておりますが、2014年に発売した【MU-X】でシェアの奪還を狙っているとのことで、今年はさらなるイメージ戦略のために広告宣伝費に資金を投入していくと意気込んでおられました。

続いてバイクです。
以前に行ったベトナムに比べて、フィリピンではバイクの台数は少ないと感じました。
詳細をみていきましょう。
フィリピンの二輪新車の販売台数は世界で8位。
114万台市場です。
1位はインドで1,434万台、続いて中国1,163万台、インドネシア774万台、ベトナム276万台となります。
平均所得がフィリピンの半分、しかも1,000万人も人口が少ないベトナムのほうが市場規模が2倍だというのはなかなか興味深いですね。

ベトナムは公共交通機関(路線バスや電車)のインフラがかなり脆弱で、庶民の移動手段はバイクに頼らざるを得ないというのが実情ですが、フィリピンは電車以外にも、トライシクルやジプニーなどさまざまな移動手段があるため、そこまでバイクを必要としないということがその理由です。

人口と国内登録台数から計算すると、フィリピン人の20人に一人がバイクを持っているということになります。
では、今回お世話になりましたヤマハ様のフィリピンでの現状をお伝えします。


●ヤマハモーターフィリピン
フィリピンでのヤマハバイクのシェアは約15万台・19%で業界2位。
実はカワサキも同じようなシェア争いをしており、お互い2位を行ったり来たりしているのが現状です。
3年前まではカワサキのシェアがヤマハを大きく引き離していたことを考えると、ここ数年のヤマハの健闘ぶりがうかがえます。
1位のホンダは約35万台と圧倒的な強さを見せつけております。
4位のスズキは10万台と、これもなかなか際どい線まで迫ってきております。
他に現地で見たのは台湾のキムコやSYM。
これら日本外のメーカーが約2万台のシェアを持っています。
一応、市場規模が114万台とお伝えしましたが、その中には無名の中国バイク群が約3割を占めているとの報告もあります。
これらは地方の零細メーカーですので無論「ザコ扱い」です。
シェア争いには含めておりません。


ベトナムと同じくなんとフィリピンにもコピーバイクが存在するらしいです。
ホンダだけでなくヤマハも。
コピーバイクはやはりあっけなく壊れるそうですが、いかんせん忠実にコピーされている個体もあるそうで、そのようなバイクにはなんとヤマハ純正パーツがそんまま取り付けられます。
壊れたバイクにヤマハの純正部品を取り付けていくうちに、いつの間にか純正の性能に近づいてくるという都市伝説もあるくらいです。
さすが世界のヤマハ。


ヤマハモーターフィリピンでの車種展開は現在15車種。
大半が現地生産モデルですが、一部タイやインドネシアからの輸入モデルもあります。
今のところ正規ラインナップの中で唯一日本製のフラッグシップモデルの250ccが1台あるのですが、何の車種かおわかりになりますか?
答えは【XT250】。

日本名【セロー】です。
日本でも30年以上、モデルチェンジを繰り返しながら売れ続けているロングセラーバイクです。
(実はカワサキのDトラッカーがタイ製だから同クラスのセローもタイ製だとばかり思ってました。スミマセン。)

ちなみにフィリピンで10年連続で年間売り上げ1位の人気車種はホンダ【XRM125】。
【フィリピン版カブ】とも言われている、泣く子も黙る名車中の名車です。(多分)

フィリピン人はバイクにしろ自動車にしろ、外装や電装をカスタムするのが割りと好きな人種のようで、ローカルのアフターパーツメーカーは多数存在するとのことです。
たしかに、爆音マフラーのスポコンカーや、テールランプが緑に光るイカツいカスタムを施したオフロードバイクなど、カスタム志向がそこかしこに見受けられました。
日本のアフターパーツのメーカーさんは積極的に進出するべきでしょう!
ただ、タイほどの市場規模に育つにはあと10年はかかるとは思いますが・・。

(↑サンタロサのホテルに止まっていた謎のJDMカー)
以上、フィリピンの自動車、バイク事情でした。

さて、フィリピン日系企業視察の旅いかがだったでしょうか。
フィリピンという国をざっくり見ていきますと、国民は非常に勤勉で上昇志向があり、
またグローバル感覚が他の東南アジアの国に比べても高いなと個人的には感じました。
人口構成も非常に秀逸ですし、質の高い労働力と言う意味ではあと2、30年間は何の心配も無いように思います。


やはり問題点として最初に思い浮かぶのは治安。
安全面に難があるというのは、それはすなわち経済発展の阻害要因だと言えます。
それと行政機能が貧弱という点。
長期的なプロジェクトは途中で頓挫する場合が多く、これが今回私が思った「道路や空港などの基本インフラがボロい」というところに集約されるのだと思います。


そして、最大の問題点は「もっと自分の国を良くしたい」という信念が薄いのではないかという点。
上昇志向があり、グローバル感覚も備わっていると書きましたが、スキルを高めた優秀な人材が海外に出たままフィリピンに帰ってこないのであれば、それはそれで大問題です。
フィリピンが経済的に他の周辺国から大きく出遅れてしまったのも、グローバル感覚が秀でていながら、優秀な人材が海外に出て行き、国内の状況が何も変わらなかったためとも言われています。
外で学んだことは必ず祖国のために還元してほしいです。
外から祖国を支えるのではなく、内から祖国を築いていく、そのような国になってほしいなと思います。
内から巨大な支柱を築くことが出来た時、アジアの落ちこぼれと呼ばれた国は、国旗に描かれた太陽のようにアジアの光になるのだと私は思います。


フィリピンに栄光あれ。

三洋金属熱錬工業㈱の折田さん(右)と。
以上、フィリピン日系企業視察の旅でした。


イッセイ

2015.02.09

太陽と埃の国で  前編 (フィリピン日系企業視察の旅 1)

 

さて、皆さんお久しぶりです。

今回は2/3~2/7まで大阪府工業協会企画【フィリピン日系企業視察】に行ってまいりました。
お伺いさせていただきましたのは
・ジェトロ マニラ事務所 様
                   マニラ中心部
・トヨタ自動車㈱ 様
・㈱エフテック 様
・いすゞ自動車㈱ 様
・双葉電子工業㈱ 様
・三菱電機㈱ 様
                   以上、ラグナテクノパーク工業団地
・㈱創美工芸 様
・ヤマハ発動機㈱ 様
                   以上、リマ工業団地
以上の企業様でございます。


一応、地図を貼っておきます。
今回私は人生初のフィリピン上陸でした。


実は意外なことに1960年代のフィリピン経済の好調っぷりは東南アジアのなかでも突出していたようでして、アジア全体で見ても国民所得は第2位、その上にいるのは日本だけだったということです。
しかし、独裁政治による経済の停滞によって10年後には台湾、韓国に抜かれて、さらに10年後にはタイやマレーシアにも抜かれて、さらに10年後には中国にも抜かれ、現在に至るわけです。
およそ30年の間に繁栄と没落を経験しています。
現在のフィリピン人が最も懐かしむのはこの1960年代の繁栄期だといいます。
しかし、ここ数年のフィリピンの勢いがすごいというのもまた事実。

今回、フィリピンのありのままの姿を見てきましたので、それをお伝えしたいと思います。

フィリピンの再興は目前なのか・・!
いざ、マニラへ!


時差は日本より-1時間です。

●フィリピン共和国
人口は約1億人。
国土面積は日本の約80%。
なんと7,109の島から構成されています。
人種構成はマレー系が95%、中国系が1.5%、他・・です。
発つ直前にはイスラムのテロ集団が話題をさらっていたこともあり、「イスラム信者には十分気をつけるように」と念押しされましたが、実はフィリピンはキリスト教圏です。
カトリックが約80%、イスラムは5%に過ぎません。
戦国時代に熱心なカトリックだった高山右近が最後に流されたのもマニラでしたね。


国語・公用語はフィリピン語(タガログ語)ですが、第二公用語として採用されているのは英語です。
後述しますが、フィリピン人は英語が得意です。
これが国際舞台で勝負する上でかなりのアドバンテージとなっています。

お金は【ペソ】。
2.5倍すれば日本円に換算できます。
100ペソ=約250円。


●生活水準
一人当たりのGDPは2,792ドルで、わかりやすく年収に言い換えると約30万円。
今回訪問させていただいた日系企業様のお話ですと、一般ワーカーの給料は1日最低賃金335ペソほどで、マニラ中心部のワーカーですと1日最低賃金454ペソとのことです。
日本円で1日800円~1, 000円くらいです。
1日平均900円としまして、これに残業代を足すと1ヶ月で約25,000円~30,000円くらいです。
年収で約30万円。
タイが約60万円、ベトナムが約15万円ですから、発展レベルはタイとベトナムの間くらいの国だと認識いただければと思います。
もちろん貧富の差は激しいので、一流企業の優秀な人材ですと日本人の平均給与より上という人間もいます。
GDP成長率は、リーマンショック直後の2009年には、1.1%という数字を出しましたが、翌年には7.6%という驚異的な数字をたたき出しており、乱高下が激しい経済情勢とも言えます。
2012年には6.8%、2013年には7.2%と現在では安定した成長率を維持しています。


●教育
フィリピンは非常に教育熱心な国であるといわれています。
識字率は96%というデータもあり、国民のほぼ全員が文字を読むことができます。
先にも述べましたが、フィリピン人は英語が得意です。
地元の大学を卒業したレベルの人間ですとほぼ間違いなくTOEICで800点が取れるレベルです。
おもしろいのは数学。
フィリピン人は数学が苦手。
どれくらい苦手なのかと言えば、TOEICで800点が取れるレベルの人間ですら、日本の小学4年の算数ドリルをやらせて30点くらいのレベルだそうです。
大学を出たレベルの人間でそれなのです。
電卓を駆使して苦労の末に出してきた数字に対して「いや、これは間違いだ」とその場で指摘すると、「え?本当だ!なんで日本人は電卓も使わないでいきなりこんな難解な計算できるんだ!」と、ビックリされることも日常茶飯事とのこと。



しかし、そんな簡単な計算も出来ないのかとフィリピン人をバカにすることは出来ません。
なぜなら英語の得意な彼らからすれば日本人をこう見ています。
「なぜ日本人は中学、高校と6年間も英語を勉強するのに簡単な挨拶すら出来ないんだ」と。
これには何も言い返すことが出来ません。
民族の、そして教育の違いで得意不得意があってもいいではありませんか、そう感じた次第です。


●豊富な労働資源
フィリピンのローカル言語はフィリピン語(タガログ語)ですが、第二の公用語については英語を採用していることもあってグローバルに活躍する人材がとても豊富です。
英語圏の企業がフィリピンにコールセンターを置く、いわゆる「BPO関連」のシェアはなんと世界第1位。
聞くところによると、インド英語よりフィリピン英語のほうが聞き取りやすいとのこと。
また、現在爆発的に伸びているオンライン英会話市場においても、その安価なコストから世界中で引く手あまたの状態です。
この好調なBPOビジネスがどこまでフィリピンの経済を牽引できるかは、今後も注目するべき点です。


フィリピンといえばなぜか出稼ぎのイメージがありますが、これは概ね外れてはいません。
フィリピンの海外労働者はフィリピン人口の1割である1,000万人が海外へ出稼ぎに行っているといい、この海外からの送金がGDPの1割にも達するとのデータがあります。
日本では考えられないフィリピンの特殊な就労問題が垣間見えます。
出稼ぎ先のトップはアメリカでシェア43%、日本は7位です。
フィリピンの市場が有望であるといわれる理由の一つに、人口の構成が挙げられます。
以下ジェトロでいただいた資料をそのまま貼り付けます。

ナイスなポピュレーションのダイアグラムです!
インド、中国をも含んだASEAN諸国の中でも、最も理想的な形になっているではありませんか。

一方で失業率は政府の統計によりますと7.1%という数字が出てきますが、実質には20%を超えているという説もあり(ジェトロでの概要説明から)、雇用の安定が今後の課題でもあります。


●フィリピン人の労働観
フィリピン人の仕事の考え方は日本人と似たようなところがあるというのは、今回様々な日系企業様で伺った「ナマの声」であります。
教えたことはやり遂げようと頑張るし、自分たちで決めたルールは守ろうとする。
ただ、高度なことに関しては応用が利かないということもあるようで・・まあ、この点はどこの途上国でもあるような話です。

自分が働いている企業にはある程度愛着というものがあるようで、例えば今の職場より多少給料が高いところから声がかかっても断るということもあるようです。
「今の何倍もの給料をもらえると言うのであれば躊躇なく他の会社に移るとは思いますが、そんな極端な話じゃない限りは、今の会社で頑張ろうとするのがフィリピン人です。お金重視の考え方ではなく、人間関係や仕事の内容を重視する傾向にあるのは日本人と感覚は近いです」
とは㈱創美工芸の岩城様のお言葉です。
前回行ったアメリカでは、労働事情を掘下げていくたびに
「この国で労働者にはなりたくないし、経営者にも絶対なりたくない」
という感想しか出てきませんでしたが、それに比べればフィリピンという土地は、人をマネジメントするという点においては非常にやりがいがある土地だなと感じました。


●治安問題
フィリピンという国を客観的に見た場合、やはり一番のネックになるのは【治安の問題】ではないでしょうか。
今回本当にビックリしたのはどの企業様に行っても銃を持ったセキュリティーが常駐していたという点です。
例を挙げますと㈱エフテック様。
従業員650名、敷地面積40,000㎡の中規模メーカーですが、入り口にいるセキュリティーの人数だけでも20人は超えていました。

他にも、滞在したマニラホテルの入り口では毎回手荷物のX線検査、ボディチェックが行われていました。
日本でいうサイゼリヤ規模の普通の日本食レストランでもセキュリティーが2人。
日本人が多いところだとか、あまりそういうことは関係なくローカルレストランにでも普通にいました。
それだけ犯罪が多いと言うことなのでしょうか。
そしてセキュリティーが連れている犬は誰もが麻薬探知犬だと思うのですが、実は火薬探知犬です。
爆発物の持込みをガードするため犬とは・・・なんという物騒な話でしょうか。
現地の駐在員の方のお話ですと、フィリピンの警察はあまり信用がないそうです。
極端な例ですが、日本人に因縁をつけて小銭をせびるとか・・そんな例が実際にあったそうです。
そういった「警官は信用ならん」という意識が普通なようで、自分の身は自分で守らねばというスタンスがここフィリピンでは常識なのです。

ちなみに日系企業が雇っているセキュリティーの一人当たりのコストは月7万円程度。
一般ワーカーの給料が月3万円台ですから、生半可な金額ではありません。
ましてこれに頭数が加算されていくわけですから、セキュリティーコストだけでも年間にかなりのお金がかかるのは言うまでもありません。
ここが他の東南アジアと比較してもかなり違う点ではないでしょうか。

●交通インフラ
今回、フィリピンの移動で常に思っていたのが「道が悪い」ということでした。
基本的にどこを走っても道路がガタガタです。
初日から最終日まで乗っていたのは日産ディーゼルの観光バスだったのですが(もちろん20年以上前のモデルと思われる)サスペンションが悪いのか、車体がボロいのか、「ダダダン!ダダダダダダン!ダダダダダダダダダダダ」と小刻みにバウンドする乗り心地は本当に最悪でした。
いつもならバスの中で製作するレポートも、今回はパソコンを開いて5分も画面を見てましたら頭が痛くなってくる有様です。

インド、ベトナムも、総じて道路はガタガタでしたが、これだけ気分が悪くなることは今までありませんでした。
今まさにモータリゼーションの黎明期が始まったわけですから、今こそ力を入れてせめて主要道路だけでも刷新したほうがよいのでは・・と思います。

これは道路だけでなく空港も同じような感じです。
今回使用したのはニノイ・アキノ国際空港。
マニラ郊外にある、いわゆるフィリピンの玄関口なわけですが、利便性が悪く、汚い、狭い、ボロいのオンパレードでした。
入国時にビックリしたのは、飛行機から降りてシャトルバスに乗ってターミナルの入り口で下りた瞬間からいきなり入国審査がはじまっていたシーンです。
おそらく入り口から5メートルも無いんじゃないでしょうか。
そんなデタラメな設計ですから、シャトルバスから降りてきた無邪気なフォーリン達は予告なしにいきなりおしくら饅頭に強制参加となるわけです。
また、帰りの空港では、搭乗手続きが終わったあとのゲート内は空港利用者数に対して売店やトイレの数が圧倒的に少ないです。
トイレに入るのに10分待ち、1個の肉まんを買うのに15分待ち~と、正直うんざりでした。
自分の番が回ってきたときに後ろを振り返れば、自分の待ってた時より行列が2倍くらいに増えている有様です。
トイレの話でいえば、ゲリが漏れそうになってから列に並び始めた人は確実にゲームオーバーです。
しかし、この空港内の売店で買った【SIOPAO】という肉まんはメチャクチャうまかったです。
それだけは褒めておきます。

さて、今回はここまでです。
次回後編は恒例の自動車・バイク市場全般について書きたいと思います。

気長にお待ちくださいまし。
ではでは~


イッセイ

2014.12.31

腕白の超大国(アメリカ日系企業視察の旅) 2

 

さて、皆様お久しぶりです。

あれから消えてしまったレポートを散々探したのですが、やはり見つかりませんでした。
同じことを2度繰り返すというのは、思っている以上にメンタルが疲弊しますね。
データを持ち運びしている間にほとんど書いていないドキュメントのほうを上書きしてしまったのが原因です。
あの後、すぐにドロップボックスをダウンロードしたのは言うまでもありません。笑

今回はアメリカ日系企業視察レポート後編です。

●自動車とバイク
アメリカの年間自動車販売台数は約1,600万台(トラックやバス含。以下同)です。(本データは全てマークラインズより)
日本が500万台そこそこですから、規模としては日本の3倍になります。
ただ、意外なことにアメリカ国内の自動車「生産」台数をみますと約1,100万台であり、これは日本の950万台とほとんど差がありません。
気になるアメリカでの乗用車メーカー(ブランド)のシェアは以下のとおり。
1位 GM・・・・・・17%
2位 フォード・・・・16%
3位 トヨタ・・・・・14%
4位 クライスラー・・12%
5位 ホンダ・・・・・10%
北米と中東ではとにかく強いトヨタ。さすがです。

他の気になるメーカーを見てみましょう。
日産8.1%、スバル2.7%、マツダ1.8%、ヒュンダイ4.7%、フォルクスワーゲン2.7%、メルセデスとBMWはそれぞれ2.0%・・といった感じです。
アメリカにおけるメーカー国籍別シェアは大まかに見ますと
米国系メーカー 45.7%
日系メーカー  37.4%
欧州系メーカー 8.8%
と、欧州系が意外なほど少なめです。
逆に米国系メーカーが50%を切っていることには正直驚きました。

アメリカではピックアップトラックが大人気です。
先進国でもここまでピックアップトラックが市民権を得ているのはアメリカだけではないでしょうか。(タイもピックアップは多かったですが)
なぜにそこまでアメリカ人はピックアップ車が好きなんでしょうか。
これにはいろんな見方があります。
労働者層は己の職業を誇りたいがゆえにマッスルなピックアップ車を好む傾向にあると言われています。
またアウトドアが日本以上に浸透しているアメリカにおいてはピックアップ車というツールは非常に実用的です。
実際にハントした鹿を荷台に積んだまま出勤してくる猛者もいるそうです。
でも理由をあれこれ並べる以前に、やはり感覚的というか、五感で「カッコイイ!」と反応してしまうのが本音ではないでしょうか。
だからお金がない若者が相当無理してピックアックを買うということはアメリカでは珍しくないとのことです。
ピックアップ車人気の要因がどうであれ、「文化」として根付いている以上、これからもアメリカにおいてはピックアップ車の人気は続くと思います。
ここで、アメリカを駆るピックアップ車あれこれをご紹介。
各社フラグシップのいわゆる【フルサイズピックアップ】を見ていきましょう。


GMC・シエラ

シボレー・シルバラード(シエラの姉妹車種)


フォード・F

 
 
そしてトヨタ・タンドラ
タンドラは他のフルサイズより若干控えめな大きさです。
なぜだかお分かりになりますか?
他の米系メーカーのものよりデカく作ってしまうと、「あのトヨタが一番デカいピックアップを出してきたぞ!」と全米でバカ売れすることが確実だからです。
そうなると、いつぞやの政治家を巻き込んでの大バッシングと発展してしまう危険性があります。
アメリカの国で商売をしていくには変にアメリカを刺激してはいけないことをトヨタは知っています。
粛々と二番手を「維持」するトヨタの政治的な配慮が見え隠れするのもこのピックアップ車の特徴かもしれません。
日本ではまず見ないカテゴリーですので、デカさ以外にも、エンジン音や豪華なエクステリアなどインパクトがハンパないです。
なんとこのトヨタ・タンドラ、姫路でも2、3台見かけますので・・気になる方はオーナーさんに話しかけてみてはどうでしょうか。

こちらはタンドラよりワンサイズ下の【タコマ】というピックアップ車です。
ワンサイズ下といっても日本で見たら相当デカい車です。(幅だけですとレクサスLSとほぼ一緒です。)
車体の下に潜り込みましたら・・ありました。

当社の割りピンです。笑

ついでにスポーツカータイプですが、アメリカでよく見たのはフォードマスタング。
そしてライバルのシボレーカマロ。(スミマセン・・写真ないです笑)

この2台は本当によく見ました。
乗っているのは若者より、4,50代のナウいオッチャンのほうが圧倒的に多かったです。
日本でいえばフェアレディZ、スカイラインと同じような位置づけでしょうか。
歴代新型モデル発売の際に必ず乗り継いできてる熱狂的なファンもいます。
日本版ではMT設定がないのと、価格が鬼のような設定なので、日本市場ではあまり支持されず街で見ることは稀です。
スタイリングは最高にカッコイイんだけどな~。



さて、アメリカの自動車ディーラーはとても規模がデッカいです。
それは土地が広いという理由ももちろんあるのですが、何せ在庫車両の台数がすさまじく多いです。
日本の自動車ディーラーだと展示車両はせいぜい数台程度。
なぜにアメリカの自動車ディーラーではそこまで車を大量に並べているのでしょうか。
これはアメリカならではの大雑把な販売方法に理由があるためです。
日本で新車を買う場合、車種のグレードを選択した後、ナビを付けたり、ホイールを変えたりと、自分の好みのオプションを追加していき、納車までしばしお待ちを~という流れが一般的です。
アメリカの場合は、基本的にお店に足を運んで現物を目の前にして「コレをくれ」という買い方が一般的です。
なので、大まかなグレードやオプション設定をあらかじめディーラー側が決めており、とりあえずだいたいの需要を見込んで全部の種類を作るのです。
ユーザーはお店に並んだ希望の「パターン」を探して購入するという流れです。
日本とは真逆です。
これは例えばプラント導入が絡む工場設計の場合も同じで、日本とはまったく逆です。
まず工場のレイアウトを考えてからそれに合ったプラントを業者に設計してもらうのが日本の一般的な工場ですが、アメリカの場合は大型プラントであっても元々の大きさや仕様がほぼ決まっており、それに合わせて工場を作っていくというのが一般的です。
「顧客目線」と「企業目線」の差でしょうか。
細かな配慮が利く日本の企業とは対照的なのは、こういった文化からの流れなんだと感じた次第です。

ちなみに今回移動に使用したバスは【フレイトライナー】というメーカーのバスでした。
このフレイトライナーですが、アメリカのトラック市場ではシェアナンバー1のメーカーなんですが日本ではまったく走っていないので正直、我々日本人には全然馴染みがないです。
でもこの視察の移動中、「うーん、このエンブレム懐かしいな~。どっかで見たことあるような・・」と、どうもはじめて見る気がしないのでデジャブかなんか・・色々考えていましたら中学生の時に読んでいた【ザ・ハード】(猿渡哲也著)という漫画の中で主人公が乗っていたトラックがこれだったということに気がつきました。(ちなみに舞台はニューヨーク)

当時、トラックといえば日野しか知らなかったので、「この漫画、変なトラックの会社出してきたな~」と、バカなことを思っていたな、と今になって気づいた次第です。

バイクに関してはやはり本場、ハーレーダビッドソンが圧倒的に多いです。
しかし、日本人がよく勘違いしている・・というか幻想を抱いている【カスタムハーレー】ですが、アメリカでは見ることは実は稀です。

長距離の移動手段と割り切っている人が多いので、わざわざ乗りにくい改造をするなんてことはしません。
実際に滞在中、アメリカで見たハーレーダビッドソンはどれもこれもドノーマル車両で、マフラーすら替えていない車両が大半でした。
西海岸とかに行けばまたそれで事情は違ってくるのかもしれませんが・・。

 



ハーレー以外はやはり日本車がかなりのシェアを占めています。

ストリートタイプは伊ドゥカティも負けてはいません。
走っているバイクを見ますとハーレーのような【クルーザータイプ】と、尖がったタイプの【スーパースポーツタイプ】、アメリカで主流のバイクはだいたいこの2タイプなのかなという印象です。
日本ではスタンダードな【ネイキッドタイプ】、BMWが得意とするようないわゆる【デュアルパーパスタイプ】、【オフロードタイプ】(モタード含)・・これらのタイプはアメリカではかなり少数派なのかもしれません。

ウォルマートで見たカフェレーサーバイク。
(カムカバーの形からおそらくスズキGS750かと)

ヤマハ ビラーゴ250。
都会ではこれくらいのサイズがちょうどいいかもしれません。

なんと!ホンダ ズーマーが(笑)
一瞬で過ぎ去っていったので写真は撮り損ねたのですが、ブルックリンブリッヂの上で見た爆音マフラーのヤマハBOLTがとても印象的でした。


●アメリカの労働事情
アメリカの一人当たりのGDPは約49,800ドルです。
アメリカと日本との労働事情の違いをあげて見ますと、定年が無い・基本的には日給月給のシステム・ボーナスや退職金は少ない、という点でしょうか。
悲しい言い方にはなりますが、アメリカでは企業と労働者の間には基本的に信頼関係は皆無です。
会社はほぼ一方的に労働者を解雇することができますし、労働者は職場環境や仕事内容に少しでも不満があれば明日にでも仕事を辞めます。
実際、今回訪問させていただいた企業様の中にも
「本来は、現場責任者の者が工場を案内する予定でしたが、2週間前に辞めてしまったために、今日は私が案内します」
とか、
「はい。こちらがわが社の組織図です。実は工場長とマネージャーがここ数日の間に辞めてしまったので、ここの欄は写真を削除して空白にしました」
などという、日本ではにわかに信じられない言葉も実際に聞きました。
アメリカ人の仕事に対する考え方は単純です。
気に入らなければすぐに辞めるし、隣の店が今の店より給料が高いとなるとすぐにでも転職します。
これは大企業であっても考え方の根本は変わらないので、【組織力】という点では非常にモロいです。
現場レベルの話をしますと、例えば「現場改善を進めて不良発生率を低減しよう」などという発想は生まれるわけもありません。

言われたことは最低限やる・決められたルールを最低限守るということはできますが、それ以上のことを期待してはいけないということです。
現場の人間は営業・販売にはまったく興味がありませんし、その逆もまたしかり。
本当にドライな印象です。
アメリカのビジネスが何でもかんでも「契約」で決めているのはそういう理由があるからです。
ちなみに給与の支払いは月に2回~4回というのがアメリカでは一般的だそうです。
なんでも、給料が入るとすぐに使ってしまうのだとか・・。


さて、この度、日産自動車様(スマーナ工場)へ訪問させていただいた際に、質問した内容はこちらです。
【現地のアメリカ人はNISSANというブランドをどのようにみているのか】。

「どのように」とは外資系メーカーの自動車を自分たちの国で作った場合、その車は「外車」に見えるのか、それとも「アメ車」に見えるのかという素朴な疑問です。
この質問をした理由は単純です。
日本は世界でもトップレベルの自動車生産大国ですが、日本国外の外資系メーカーがまったく自動車生産をしていないという、世界的にみてもかなり特殊な国です。
戦前に施行された「自動車製造事業法」が大きく影響したのかもしれませんし、単純に「ケイレツ」が絡む独特な商習慣が原因なのかもしれません。
とにかく日本では外資のメーカーが日本の土地で自動車を製造していませんので、「日本車」と「外車」という明確な区分があります。
左ハンドル車をやたらと特別視するのもそのためでしょう。
諸外国では外資系メーカーがその土地で自動車を製造することは特別なことではありませんので、そもそも「国産車」や「外車」といった概念が薄いと聞きます。
そんなわけで、「自分たちが作る外車」という感覚がどんなものなのかということを訊いてみたかったというわけです。

→答え
「私たちからすればNISSANは日本のメーカーだという感覚はあまりありません。日本のメーカー・アメリカのメーカーという概念ではなく、【自分たちのメーカー】という意識のほうが強いです。」
との回答でした。
ご回答いただいたのはスマーナ工場の中間管理職で40代の女性2名でした。
なるほど、なかなか興味深い内容です。

おまけで「トヨタに対しても同じ感覚なのか」と訊きましたら
「TOYOTAは・・自分たちが関わっていないので客観的な視点から日本のメーカーだという認識の方が強いです」
とのことです。
しかし、彼女たちの「NISSANを語るときの眼」と言いますか、非常に輝いていたのが印象的でした。
外資メーカーであろうとなかろうと、「自分たちが作っているんだ」という誇りはものすごく伝わってきました。

さて、アメリカ日系企業視察レポートはこれにて終了です。
リーマンショック以降長らく景気が低迷していたアメリカですが、さすがに今となっては過去の話。
ここ最近の雇用統計も好調ですし、アメリカ経済はもはや完全に復活したと言ってもいいでしょう。
シェールガスをはじめとするエネルギー情勢もアメリカにとっては追い風になっていますし、もうしばらくはアメリカの独走態勢が続くと見るべきだと思います。

しかし、それ以降、アメリカの勢いはどうなっていくのでしょうか。
このまま巨大化して世界を飲み込んでいくのか、はたまた新興勢力の台頭で現代の冷戦に発展することもないとは言い切れません。
日本の立場としては、何でもかんでも言いなりになる現状の関係ではなく、時にはアメリカの独善主義を勇めることの出来る「対等な関係」を築いていくべきであると考えます。
さて、来年の春はフィリピンに行く予定になっております。
またレポートを書きますので見てくださいね。
今年ももうすぐ終わりです。
今年は例年以上に早く時間が過ぎた1年だったと思う次第です。
皆様にはとてもお世話になりました。
2015年もどうか旭ノ本金属工業所をよろしくお願いします。
皆様にとってよい年になりますように。合掌!

イッセイ

2014.12.01

腕白の超大国(アメリカ日系企業視察の旅) 1

 さて、皆さまお久しぶりです。

今回は9月15日から約1週間行ってきましたアメリカ日系企業視察の報告です。

今回も関空からひとっ飛び!・・といういつものパターンではなく、まず新幹線で東京まで行き、成田エクスプレスで成田空港まで行き、そこからアトランタ空港まで行き、アメリカ国内線に乗り換えて~と割とハードな移動手段でした。
そしてアメリカの飛行機内はとにかく寒い寒い寒い・・!
気候のせいでしょうか。いや、ちがいます。
クーラーの回しすぎなんです!
バスでも電車でもどこでもそうです。
おかげで帰ってきてからまた体調を崩しました。(風邪です)
さて、今回訪問させていただきました企業様です。

・㈱ジェイテクト様(油圧ポンプ等) 
・   〃    KOYOベアリング工場(テーパーローラー等)
・㈱ナカテツ様(ベアリングレース、自動車部品等) 
                      以上、テネシー州ノックスビル
・㈱前川製作所様(産業用圧縮機、圧力容器等)
・日産自動車㈱様 スマーナ工場(自動車生産)
                      以上、テネシー州ナッシュビル
・3Dプリンターショールーム 
                      以上、ニューヨーク州

アメリカは泣く子も黙る自動車の巨大市場ですから、そこに根をはる自動車部品関連の企業様には是非とも行ってみたいと思っておりました。
今回は現地で見てきた自動車事情、企業・工場の労働事情、そしてアメリカという巨大カルチャーの現実を余すところ無く紹介していきたいと思います。

ナッシュビル・ノックスビルとの時差は-14時間です。
いざ出発!
(電波ソーラー搭載の最新Gショックなのに現地についたら時間が1時間ズレてるやないか!と頭をひねっておりましたら、現地はサマータイムだったというオチです。これ要注意)
アメリカ合衆国。
人口3億2000万人。
私が小学校・中学校の時にはアメリカの人口は2億5000万人だと教わりましたので、未だにその数字が頭にインプットされています。
だから最近になってアメリカの人口が3億人だと聞いたときには、単純に2億5000万の四捨五入だと思ってました。
10数年で人口が増えすぎなのでは・・。
しかし、これこそがアメリカという巨大市場を形成している最もコアな部分であります。
とにもかくにもアメリカの中身は基本的に大量生産、大量消費で成り立っているといっても過言ではありません。
豪快、大雑把・・いい意味か悪い意味か捉え方は人それぞれですが、細かいことまで気の利く日本人とはまったくもって対照的だなと感じました。

一応、ニューヨーク州とテネシー州(ナッシュビル、ノックスビル)の位置を記しておきます。

●人種
これまた「人種の割合」というアメリカならではの現象も見受けられます。
参考までに各都市の人種の割合を書きますと・・
 ◎ニューヨーク
  白人 44%、黒人 25% アジア系 11%
 ◎ナッシュビル
  白人 67%、黒人 26%、アジア系 2%
 ◎ノックスビル
  白人 80%、黒人 16%、アジア系 1.5%
と、このようになります。
さすが人種のるつぼと言われるだけあって、ニューヨークの多人種っぷりは突出しています。
逆に人の出入りがそこまで激しくないノックスビルなんかは、白人がほとんどで、実際街を歩いていても黒人を見ることは稀だったと思います。

●ハイカロリー責めのアメリカンフード
昼も夜も基本的には肉(牛・豚・鶏)を食べる機会が多いです。
意外だったのは「アメリカはゴムみたいな硬い肉が多い」というイメージですが、特にそんなことはなく上手く調理しているなと感じた点です。

牛肉も豚肉も思ったほど硬くなかったです。
ただ、味付けが濃すぎるのと、もうええねんっていうほどの量が出てくるので、毎度これを完食していますと体の小さい日本人は確実に病気になります。

ナッシュビルで食べたお昼ごはん。
ブツ切りグリルポーク!笑
骨の芯まで味がしみていて結構美味しいのです。
ただ、味が濃すぎます!
手前のバナナスイーツも甘すぎるんです!笑
多分、全部で1200キロカロリーは超えてるんじゃないかな。
(もちろん飲み物はお茶。・・なんかあるわけもなくビッグコカコーラです)
やっつけ感満載のごはんもたくさん食べました。笑


チキンとワッフル。(ナッシュビル)
何がスゴイかと言いますと、チキンにもお構いなしにメープルがブッかかているところです。ただ、チキンは割とおいしい。

チキンパスタ。(ノックスビル)
チキンと大量のパスタの上に、ミスマッチなソースがかかっています。(ソースといえばヨシダ!・・たぶん)
たったコレだけですが単調な味と、そこに加えて量が多すぎるのでもちろん完食できません。

シュリンプパスタ?(ノックスビル)
濃い味付けを覚悟していましたら、稀にこのようなエビが乗っかっただけの「素」のパスタが出てきます。
今までと逆でこれはこれでまったく味がついていません。
小皿に入ったオリーブオイルの用途がイマイチわかりませんでした。

チャイナタウンの中華料理屋。(ニューヨーク)
もはやどこの国に来てるのかわからなくなるレベルでした。
内装も料理も完全に中国です。
治外法権のニオイがたまりません。笑

そしてニューヨークで今流行っている日本食といえば間違いなく【ラーメン】です。
ニューヨークには10年ほど前から本格的な日本式ラーメン店が現れ、今ではニューヨークだけで50を超えるお店があるそうです。
日本のラーメン屋が現地進出しているパターンと、アメリカ人が日本で修行して開業したというパターンのだいたいこの2種類です。
人気の味はトンコツ。
そう、我々が普段食べているこってりトンコツラーメンそのものです。
あんなモンがアメリカ人にウケるのか?と思われるかもしれませんが、意外なほどウケているんですね~コレが。
2008年にニューヨークに進出した【博多一風堂】は、進出後たった2年で飲食店評価サイトで全米1位になるという怒涛の人気っぷりです。
人気店は2時間待ちが当たり前だそうで、価格も日本のほぼ2倍という強気なものです。
ガイドさんに
「まさか・・日本食=ヘルシーという勘違いで人気があるんじゃないですか?」
と、訊きましたら
「さすがにそれはないですよ。単純に『美味しいから』という理由でウケてるんです」
とのことです。
「日本食だから健康だと思って毎日食べたのに体重が激増したじゃないか!!」などというアメリカならではのクレイジーな裁判が起こらないことを祈るばかりです。

ちなみにこちらはアメリカ版、日清カップヌードル。

どんなコテコテな味なんやろ・・と思って湯を入れて調理しましたら、これが意外なほど味が薄かったです。
実際カロリー表示を見ましたら、日本版が343キロカロリーなのに対してアメリカ版は300キロカロリーを下回る数値でした。
このあたりの「デタラメさ」がアメリカっぽいのかもしれません。

●アメリカの単位
アメリカ自身は「世界で一番オレがエライ」と、思っているかどうかは・・わかりません。
しかし、世界基準で決まっているようなこともお構いなしで、わが道を行くのもアメリカの特徴とも言えます。
顕著なのが「単位」です。
距離はマイル、重さはオンス・・このあたりはあまり馴染みのない我々日本人にもなんとなく見た瞬間に気づきます。

言われるまで気がつかなかったのが容積の単位【ガロン】。
ガソリン燃料の価格が日本に比べてメチャクチャ高いなと思っておりました。
1リッター300円くらい・・さすがにおかしいとは思いつつ今まで行った国はすべてリッター表示だったので当たり前のようにリッター表示だと思い込んでおりました。
もっと難解だったのが温度の【華氏】。
摂氏(セルシウス度―℃)が国際基準であるにも関わらず、アメリカの温度表記は今だに華氏(ファーレンハイト度―°F)です。
ホテルのエアコン温度表示の【70】という数字を見たときは目を疑いました。
焦らないでください。これがファーレンハイトです。
余談ですが、ボン・ジョビの2枚目のアルバムも【7800° ファーレンハイト】でした。
●アメリカの日常
ここからはアメリカで撮った風景をひたすら貼り付けていきます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ここまではナッシュビル、ノックスビルです。
ナッシュビルは工業地帯としても有名ですが、それと同時にカントリーミュージックの聖地とも言われています。
センスのいいバーがズラリ。
音楽好きな方はもちろん、音楽を聴かない私でもこの雰囲気だけで「その気」になれます。
最高にイカした街です。
「その気」になりたい方、是非とも行ってみてください。

続いてニューヨーク。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


そしてニューヨークといえば摩天楼。
 
 
 
 
 
 
ホテルの窓から見える夜景や、ブルックリンブリッジから見える景色は圧巻でした。
姫路出身のカッペにはビルを見上げるだけで窒息しそうです。


おまわりさんといっしょ。
今回、一番印象に残ったのはナッシュビルで偶然立ち寄ったマスタング屋さん。



 
 
 
 


 
フルレストアされた綺麗な初期型のマスタングが数台と、部品取り車、レストア中のマスタングがありました。
日本でこの状態の車体を買おうとするなら4~500万円はくだらないでしょう。
外から勝手に写真を撮っていましたら、よほど東洋人が珍しかったのか店主のオッチャン(通称マスタング親父)がわざわざ店の中まで案内してくれて、この店と、そしてマスタングとの思い出をアルバムを見せながら語ってくれました。


記念にマスタングのダイキャストを購入。
激安の25ドルでした。
一期一会の素敵な出会い。
素晴らしい思い出です。

さて、今回はここまでです。
これだけ時間がかかってなぜにこれだけかと言いますと・・実はデータを持ち運びしている間に消えてしまったんです。このレポートが。
ほぼ8割方出来ていたのが、ある日突然3割まで戻されたというわけで、もはや心が折れる寸前なのです。笑
開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。
・・というわけで、本当に申し訳ございませんが、誰がなんと言おうと今回はここまで。
後半はアメリカの自動車事情と、労働事情について書きたいと思います。
必ず年内に!
今年もあと少しです。
気合を入れていきましょう!
それでは!


イッセイ

2014.09.23

愛国のゲルマンスピリット(ドイツ現地企業視察の旅)

 皆さんこんにちは。

お待たせしました。
7月14日~20日まで、ドイツ企業視察に行ってきました。
今回の視察ですが、今までと違う点があります。
今回はなんとドイツ現地企業の視察です。(今までは日系企業ばかりでした)
お邪魔させていただいたのは
・メルセデスベンツ【ブレーメン】
・スタインウェイ&サンズ【ハンブルグ】
・エアバス【ハンブルグ】
・フォルクス・ワーゲン(車体組み立て)【ヴォルフスブルク】
・    〃    (エンジン組み立て)【ザルツギッター】
・BMWモトアラート(二輪)【ベルリン】

なかなか興味をそそられる内容です。
大阪府工業協会の小西様、いつもありがとうございます。


さて、結論から言いますと、ドイツ企業の工場は、世界に点在する数多の日系企業の工場を見てきた私の目から見ますと・・まるで大したことありませんでした。
スキルはともかく、工場労働における規律や姿勢に関してはハッキリ言って東南アジアの日系企業の現地作業員のほうが勝っていると感じました。
例えばハーフパンツでの作業姿や、小型オーディオを持ち込んで音楽をならしながらの作業だとか、本当に「おいおい、こんなレベルかいや」と唖然とする光景が多々見受けられました。
しかし、彼らの「労働」という概念は決して表面的な部分だけでは計り知れないと感じたのも事実です。

摩訶不思議でした。
そんな未知の国、ドイツで見てきたことをダラダラと書き連ねたいと思います。
正直、ドイツに関しては皆さんのほうがお詳しいのでは・・と思いますので、知ったかぶりでいい加減なことは書かないように気をつける所存です。笑

今回はKLM航空にてアムステルダム経由でブレーメンまで行きました。


時差は-8時間。

ドイツ連邦共和国。
面積は357,121㎢で世界63位の大きさです。(日本は62位)
人口は約8,000万人。
一人当たりのGDPは約40,200ドル。
EU諸国においてもドイツ経済は別格の一人勝ち状態です。
先進的な工業技術を有するのは言うまでもなく、科学、医療、宇宙分野・・あらゆる技術に優れています。
ガソリン車やディーゼルエンジンを発明したのもドイツです。
ロータリーエンジンを発明したのもドイツ人です。
考案という点においてはドイツ人には天才的なひらめきがあるように思います。


★気候
今回まわったのはドイツの中でも北側に位置するところばかりでしたので、7月初旬としてはどこも気候は穏やかで非常に過ごしやすかったです。
本当に普通すぎて書くことがないほどでした。
意外かもしれませんが、去年の同じ時期に行ったロシアの方が暑かったというのが素直な感想です。

★ドイツの名物

こちらはヨーロッパで最初にできた信号です。

こちらはベルリンの壁。
崩壊直後は街の至る所にありましたが、今では一部を残してほとんど残っておりません。
ちなみにこちらの壁は街のド真ん中にあるのですが、見に来た観光客がなぜか次々とガムを張り付けるので異様な臭気を放つ最悪な状態です。
 
落書き。意外なことにドイツの街は本当に落書きが多いです。ベルリン、ブレーメン、ハンブルグ・・どこの街にももれなく落書きがありました。それもちょっとやそっとの数ではありません。一説にはベルリンの壁がある時代に西ドイツの若者がキャンバス代わりに壁に落書きをしていた名残りだといわれています。
ベルリンの中心部にあるユニクロ。
今年の4月にオープンしました。
ドイツでのユニクロは日本のそれとは位置づけが違い、「流行の最先端TOKYOからやってきたファストファッション」という感じの捉え方です。
我々から見る【ZARA】や【H&M】のようなものです。
決して「毎週土日に安売りの広告が入ってるからおじいさん、おばあさんも誘ってみんなで行きましょう」などというノリではございません。
価格は日本とほぼ同じでした。

こちらはドイツの老舗デパート【KaDeWe】(カーデーヴェー)。
ヨーロッパで二番目にデカいデパートだそうです。
中に入って見ますと日本のデパートとよく似ていました。
日本と決定的に違うのはデパ地下に該当するお総菜売り場は、ドイツでは最上階にあるという点。
なぜだか理由はわかりません。




 


ハンブルグの【ミニチュアワンダーランド】です。
フロアー一面ミニチュアのオンパレードです。
莫大な規模の割りに手抜きは一切無く圧巻の一言です。
ただ、人が多すぎてゆっくり見られないのが残念なところです。

★日本と違う職の概念
ドイツの工場労働者を見て「日本人とは仕事に対する考え方が違うのかな?」と感じたのは、そもそも学校を卒業して(あるいは在籍中)から、職業訓練を経て職に就くまでの「就職制度」の違いからなのかなと思います。
ドイツでは専門的なスキルを身につけて職に挑むのが一般的です。
これに深く関わってくるのがいわゆる「マイスター制度」ですが、そういった制度そのものが日本には無いので、通訳の方の話を聞いてもあまりピンときませんでした。
わかりやすく解説しますと、職に就くには専門的なスキル、そして資格が必要となってくるわけですが、これは日本の就職活動とはまったく制度が違います。
日本で言う中学生くらいから、すでに自身の進むべき道を決めて専門学校、または各企業で実際に働いて(訓練)、専門の資格を取り、就職先を見つけるというものです。

誰でもテキトーな所で学んでテキトーなところに就職出来るのかと思いましたが、この制度は非常に厳しい仕組みになっているようで、30歳を超えても「無資格・見習い状態」という人も少なくないとのことです。

ちなみに国が公認する職種は356。
やはり人気・不人気があるそうで、もちろん男子に一番人気なのは・・さすが自動車の国、ズバリ「自動車整備士」だそうです。
長い年月をかけて訓練を積んでいくわけですから、大学生活の半ばあたりから「どこに就職しようかな~」なんてボチボチ考え始める日本の「就職活動」とは「重さ」が違うといっても過言ではありません。
制度だけでなく、法律も細かな取り決めがあるそうで、一言で「就活」といっても日本のそれとは制度も概念もまるで違います。
労働に対する価値観が違うと言いましたが、結果的に何年もかけて自分に合った職業を見つけるわけですから、彼らは自分の仕事に対して非常に誇りを持っています。

今回様々な企業で責任者の方々から色んな説明を聞きましたが、そういった彼らの「誇り」は言葉の節々に表れていました。

★もはやお手本の日本式生産システム
そのような「誇り」とは裏腹に、優れた生産システムが構築されているのかといえば、決してそうではないのがドイツ。
メルセデスの工場を案内していただいた際に、頭上の電光掲示板に【120】という数字が表示されており、その横に【3】という数字が表示されていました。
「あの数字はなんですか?」
との問いにすかさず責任者の方が
「【120】は今日の生産台数で、【3】という数字は検査で返ってきた台数だよHAHAHA」
という有様です。
それを聞いた我々、工業会ご一行のどなたかが「2、3%の不良て・・。こんなもん工程内で歯止めを利かさなあかんとこやろ~」とつぶやいたのが印象的でした。


工場のマネジメントという点においては日本のほうが進んでいるんだなと思います。
メルセデス工場案内の最中に、責任者の方が壁にかかっている札を指さして「あれはポーカーヨーカーの防止のためです」と言うシーンがありました。
【ポーカーヨーカー】とは・・はて、ドイツ語なのかな?と思い、それを訊いてみましたら、なんとビックリ、責任者の方が「あれ?ポーカーヨーカーは日本語じゃないのか?」と逆に驚かれる始末。
どう考えても横文字でしょそれ。と頭をひねっておりましたら、ご一行のお一人が、「あ!ポカヨケのことや!」と、ナイスフォロー。
ドイツ人相手に正しい「ポカヨケ」の発音を指導する爆笑な一コマがありました。
(ポカヨケも正当な日本語じゃないような気がしますが・・)
日本式の生産システムは遠く離れた自動車先進国のドイツにおいても、もはやお手本となるレベルにまで発展しているのかと感心した次第です。
他にも「KAIZEN」や「KANBAN」の文字も見受けられました。


 

 

 


★自動車とバイクのお話
自動車・バイクの話をしましょう。
ドイツの自動車年間新車販売台数は約320万台という規模です。(2013年の統計、商業車、トラック含む)


やはり自動車の国ドイツ、街でよく見かけるのは体感的にフォルクスワーゲン、オペル、メルセデス、アウディ、BMW、MINIと圧倒的にドイツ車が多いです。
もちろん欧州車であるルノー、プジョー、フィアットもよく見ます。



気になる日本車はというと、体感的に5%くらいかな~という感じでした。
たったそれだけかと思われるかもしれませんが、歴史や伝統を重視するヨーロッパにおいて極東の「後発メーカー」が作る自動車がそれだけ走っているということ自体がすごいと思います。


めちゃくちゃ見た!というわけではありませんが、日本車の中でもそれなりの台数を目撃したという意味で挙げられるのはマツダのロードスター。
2シーターライトウェイトオープンの開拓者としてやはり評価は高いようです。

東欧の低価格カー【ダチア】も何台か見ました。
さすがにタタや中国カーは見ませんでしたが、ヒュンダイは3台ほど見ました。


ドイツでは教習所というものがありますが、日本の教習所のように校内に道路というものはなく、実技はもっぱら公道になります。
日本でいう高速道路教習はもちろんドイツ名物アウトバーンを使い行うわけですが、周りの車がビュンビュンスピードを出すなか、教習車のノロノロ運転は見ていてなかなか危ういものがありました。
ちなみにドイツは18歳で成人扱いになりますが、自動車の免許取得は17歳から可能だそうです。


続いてバイク。
世界的に有名な一流自動車メーカーが出揃うドイツですが、実はバイクのメーカーはほとんどなく、ドイツで現存するバイクメーカーは皆さんご存知【BMW】と、ミニバイクを細々と作っている【ザックス】という会社のみです。
ドイツにおけるバイクの扱いは途上国で見るような「アシ」扱いではなく完全に趣味の領域です。
日本以上にそう感じたのは、原付や小型バイクがほとんど走っておらず、見るのはもっぱら中型以上のバイクばかりだという点です。
ライダーの装備もかなりガチガチな人が多く、そのあたりを考えますと日本以上に気軽に乗る乗り物ではないのかなという印象を受けました。

さて、写真で見るドイツのバイク。





 

 

 

 


多いのはやはり日本車。
CB1300、Ⅴスター、バルカン1500、CBR600RR、ニンジャ250、SR500等々・・
写真を取り損ねたのですが、私の愛車と同じCB750FOURも対向車線で目撃しました。カワサキの旧車数台と走っていました。
日本旧車のマーケットがどのようなかたちで存在するかは不明ですが、何台か見た個体はどれもピカピカな状態のものばかりでしたので、旧車エンスーは確実に存在し、保全、評価する文化はおそらく日本と同等かそれ以上だと思います。

ハーレーダビッドソンもかなり走っておりました。


で、ここになって言うのもなんですが、ドイツ国内で一番多く走っているバイクのメーカーはBMWなのです。
せっかくですからBMWモトアラートのお話もしておきましょう。
BMW製バイクの世界シェアは2013年現在13.9%とのこと。(日本で言うどの区分《排気量》から~というのは不明です)
さらに言うとBMWのバイクがトップシェアを占めている国は2014年現在、世界で16ヶ国あるそうです。(以上、BMWのデータは視察の際の概要から)

BMWのバイクは1969年から現在まで、今回訪問したベルリン工場で一貫生産されています。
(南米やタイでは一部現地生産(組み立て?)しているものもあるそうです)
ベルリン工場で生産している車種は全部で23車種。
興味深かったのは、完全受注生産という性質上、車体はもちろんエンジンやコンロッドに至るまで、実はすでにオーナーが決まっているという点です。
(日本のディーラーに並んでいるバイクは日本法人が「発注」しているのかな?)


もしBMWバイクのオーナーでしたらやはりあのようなシーンを見ますと、より一層愛情が深まるというものです。
機会があれば是非行ってみてください!

一部、キムコ(台湾)からエンジン部品の供給を受けているとの話がありましたが、どの部品のことなのかはわかりませんでした。


★自動車文化の違い
ドイツと日本を比較した時、決定的に違うと感じるのは「人と乗り物の共存」という概念です。


例えば自転車。
ドイツの歩道は人が歩くレーン以外に、半分ほど赤く塗られたゾーンがあります。
これは自転車が走る場所です。
日本では一部このような取り組みをしている地域もあるようですが、ほとんどないに等しいです。
だから未だに自転車は歩道を走るのが正しいか、車道を走るのが正しいかという問答を戦後から今に至るまで延々とやっている有様です。
歩道を走るな、車道を走るな、そう言われる自転車は轍だらけの危険なレーンを走らざるを得ません。
そして、その自転車が赤信号を無視して車に撥ねられようものなら、たちまち非のない自動車が悪者になってしまいます。


法治国家としてはあり得ない展開ですが、今の日本ではこれが当たり前です。
なぜなら我々の運転免許というものはその言葉から分かるとおり、「免じてもらい許しを得ている」というスタンスだからです。
つまり車を運転するすべての日本人は世間様に頭を下げながら日々、車を運転しているわけです。
車を運転することはすなわち悪いこと。
そしてそのような考えが根底にあるわけですから、自動車に対して世間の目は厳しいです。
弱者に対する過剰な保護制度、警察の無意味な取り締まり、重税かつ難解な納税システム・・。
これらの点を踏まえるに、日本は少なくともドイツと比べて明らかな交通後進国と言わざるを得ません。

物質的、技術的な部分がいくら発展しても、文化的な部分が育たなければ自動車産業の未来は決して明るくはならないでしょう。

★ドイツ車は本当にボッタクリなのか
日本に入ってくる輸入車(欧州車)は、ブランド力が乏しいアジアメーカーを除いて、どれも本国価格に比べて圧倒的に販売価格が高いです。
「輸入関税がかかっているからだ」という意見を聞きますが、これはまったくのデタラメで日本に入ってくる輸入車のすべてが「関税0円」です。
輸入車の販売価格に関税は1円たりともかかっていません。(二輪も同じです)
では輸入車は日本人相手にボッタくっているのかといえば、半分正解のようで半分間違いでもあります。
同じメルセデスのCクラスを見たとき、日本では現地価格より100万円以上高い価格で販売されている場合があります。
これは単に日本市場で販売するには「高級」である必要があるため、人によっては必要の無いオプション(本皮シート、ナビ、エコ機能やサンルーフやキセノンライト他色々)をてんこ盛りつけているからです。
本国で同じような仕様にした場合、結局日本販売価格と2、30万円も変わらないというパターンは結構あります。
本国では簡素な「素グレード」がありますので、そういうのと日本仕様を比較してはお話になりません。
(メルセデスだけでなく、あきらかにボッタな外車は確かにありますが・・)


★ゲルマンの愛国精神
私が今回、メルセデスを訪問するにあたって最も訊きたかったのはまさに車体価格のことなんですが、先ほどのような下衆な「オプションの有無」の話ではなく、ズバリこれです。

【ヨーロッパでメルセデスの価格が最も高いのは実はドイツと聞いたがそれは本当か?また、ドイツ人はその事実を知っても特に怒ることはない、なぜなら自国の製品を愛しているからだと聞くがそれも本当か?】

価格が高くても純粋な愛国精神に基づき自国の車を選ぶ・・!なんという素晴らしき国民性でしょうか。
本当にそのような愛国心がドイツ人にはあるのか。純粋にそれが聞きたい!
さて、通訳の人を介して上記の内容をそのまま責任者の方に訊いたのですが、その答えは少しこちらの意図とズレており、明確な答えは得られないままでした。

一応、いただいた答えを書いておきますと
「価格が高くても買ってもらえるのは、我々がその価格に見合ったモノを作っているということであるし、そういう評価をしてくれているということです。我々は自分の作ったものに絶対的な自信があるし、これからもそれは変わらないということが言えます」
とのことです。
うーん、言わんとしていることは十分にわかったのですが・・。



ただ、他のヨーロッパ諸国より価格が高いということに関してはまったく否定しなかったです。
あと、価格が高くてもドイツ人が自国の自動車を支持しているということは確信が持てました。
どうしても引っかかるのは、ドイツ国外でのメルセデス販売価格がドイツ本国より安いということ。
こんなことあり得るんでしょうか。
またドイツ国民は本当にそんなこと納得しているんでしょうか。

ここからはあくまで私の仮説です。
まず、先に述べました、国ごとに異なる仕様の違いがあるのではないかという点です。
同じクラスの車種でもドイツ仕様とその他の現地仕様では装備に差があるため表面的には同じ車種でも価格差があるように見えるのではないかということです。


もう一点は生産国の違いによる人件費の差。(=品質の差)
ドイツ仕様はそのほとんどがドイツ国内生産により製造・組み立てが行われているのではないかという点です。
調べてみましたら、ダイムラーの有する生産拠点はドイツ以外にも
・フランス
・スペイン
・ポルトガル
・フィンランド
・トルコ
・ロシア
・チェコ
・ハンガリー
・オーストリア
と、ヨーロッパ諸国だけでもこれだけありますので、ドイツ国外仕様においては、例えば労働集約型の部品、あるいは車体の組み立て自体をそれら人件費の安い国で行っているからという可能性があります。
※ただし、上記生産拠点はダイムラー社全体が有する生産拠点ですので「スマート」「フレイトライナー」「ウニモグ」等のブランドも含まれております。どの国の工場で「メルセデス・ベンツ」ブランドが生産されているのかまではわかりませんでした。
兎にも角にもドイツ人がドイツ製品を愛しているのだということは十分わかりました。
徹底的な合理的主義のアメリカでは自国のブランドがブッつぶれようが、お構いなしに「良いと思うモノ」を選びますから・・。


さて、ドイツ企業視察レポートはこれにて終了です。
今回の訪問でドイツの何がわかったのかと言われれば、一度だけの視察では何も見えていないような気がするのが正直な感想です。
自動車に関して言えば、やはりドイツのほうが自動車共存歴が遥かに長いゆえ、技術・文化面においての成熟度に関してはまだまだ見習う部分があるなと思いました。


今回すべての企業で耳にした言葉、それは「伝統」「歴史」です。
最新の設備で最先端のモノを作るのが彼らの目指すところではなく、あくまで「いかにして熟成させるか」が彼らのアイデンティティーだと気づきました。
物質だけでは決して計れない優れた「精神性」がドイツのものづくりの原点なんだと感じた次第です。


ベルリンの壁にて。


次回は9月15日から1週間行って来ました【アメリカ日系企業視察記】です。
気長にお待ちください。


イッセイ

2014.07.21

情熱の革命児 2 (ベトナム日系企業視察の旅)

 皆さんお久しぶりです。

これを書いている今、私はドイツに向かう飛行機の中です。
毎度毎度、続きのブログが放置状態になりがちで、大変恐縮です。

さて、ベトナムでお邪魔した、我らがエースコックベトナムのくだりですが、なぜにここまで放置状態になったかと言いますと・・・実はあれだけ大好きだったインスタントラーメンをスパッとやめてしまったからです。
4月の末くらいからですが、それまで毎日欠かさず食べていたインスタント麺を全くといっていいほど食べなくなりました。(今は2週間に1度程度かな)
毎日欠かさず食べていたというのは決して誇張でもなく、むしろ一日に2食とか当たり前だったわけで、僕の半分はラーメンで出来ていると自称するほどでした。
ではなぜやめたか・・知りたいですか?
別にどうでもいいですよね。
いや、まあ一応理由を説明しますと、低血糖の症状が気になりはじめたというただそれだけです。



同時にこれまた毎日欠かさず食べていた白米も玄米に切り替えました。
食生活を変えて約2ヶ月、何が変わったのかと言われれば特に変化はありませんが、体重が5キロほど減りました。
これはうれしい誤算。(今まで摂取カロリーが高すぎただけのような)
この調子でいくと12ヶ月後には体重がめでたく0キロになる予定です。

というわけで、このままラーメンレポは終了!

・・・というのはさすがにお粗末な対応と言われかねませんので、現地のホテルで食べたり、日本に持ち帰ってから食べた何種類かのタイプを紹介していきたいと思います。



その前になぜ私がエースコックベトナムへの訪問を楽しみにしていたのかと言いますと、ラーメン好きであるというのは当たり前ですが、一番の理由はその昔テレビで紹介されていたから~というありがちな理由からです。
その番組がこちら。

(エースコックベトナムは20分あたりからですが・・途中飛ばせません)
ちょうど3年前、最初のベトナム訪問が決定した際にちょうどテレビで放送してまして非常に印象深かったからです。
自宅のハードディスクにもいまだに保存しています。
もちろん上のVTRに登場された梶原社長との念願の2ショットもいただきまして感無量!
しかし3年前テレビで見た時にはまさか、自分がこの工場にお邪魔することになろうとは微塵も思いませんでした。
なんという巡り会わせでしょう。

今回はベトナムのインスタントラーメン事情や食べレポなど色々とお話ししましょう。



●ベトナムのインスタント麺と日本のインスタント麺の違いについて・・・

さて、ベトナムと日本のインスタント麺を比較すると決定的に違う点があります。
それは袋麺タイプであっても鍋で煮込むタイプではないという点です。
つまり、丼に麺を投入して湯を注いで調理するタイプがほとんどです。
日本でこの方式を採用しているのはおそらく日清のチキンラーメンだけだと思います。
(ただし、ベトナムの袋麺の場合は別添スープを加えるというスタイルです)
なぜかベトナムの袋麺は低価格帯から高価格帯までほぼすべてこの方式です。

なぜなのか、とても気になったのでエースコックベトナムの担当者の方に伺ってみました。
・答え → 煮込む、煮込まないはさて置き、なにが重要なのか、それはズバリ麺の「もどり」の問題。日本の袋麺の場合は麺が太く、熱湯の投入だけでは麺が完全にもどらない。また野菜を入れたりすることも想定している。煮込みタイプのほうがなにかと理にかなっているから。
とのことです。
なるほど。
ちなみにベトナムの袋麺は湯注ぎタイプであり、スープは別と書きましたが、この別添の粉末スープ、なんと湯を入れる「前」に全部投入します。
多いものでは5種類の粉・液体スープを投入します。
これがちゃんとおいしく出来上がるんですね~。
う~ん、不思議だ。

さて、ここからはイッセイのインスタントラーメンレポです。



★HAOHAO(ピンクバージョン)
まずこちら。
エースコックベトナムを支えるキラータイトルといっても過言ではない、その名も『HAO HAO』。
『HAOHAO』は全部で5種類ほどあるそうですが、このピンクタイプがハオハオの売り上げの内訳においてもほぼ9割に達するほどの人気っぷりだそうです。
あと、つけ加えておくならばベトナム国内で一番売れているインスタントラーメンがコレです。
どれくらい売れているかと言うと、ベトナム国内で食べられているインスタントラーメンの1/3がこのHAOHAOというレベルです。
ベトナム人でこれを知らない人はいないといわれるほどの人気っぷりです。
梶原社長いわく「一応、エビ味」だそうです。
食べてみました。
うん。美味い!
麺は極細とまではいきませんが、かなり細めです。
そしてやや硬め。
この麺の細さと歯ごたえはかなり私好みです。
スープは若干の酸味とピリっとくる辛さがあり、いかにもベトナムといった感じです。
ベトナム人が好む味は酸味と辛みだそうで、それを絶妙に再現したのがまさにこのハオハオなのでしょう。
お土産用に大量に(てか、箱買い)買ってきて友達にバラ巻きましたが、概ね評価は良かったです。
1袋17円ほどです。
鬼のような安さです。
実はまだ少しだけ余ってますので、ご希望の方はイッセイまでお申し付けください。



★HAOHAO(紫バージョン)
こちらもHAOHAOです。
HAOHAOの売り上げのうち上記のピンクバージョンがほぼ9割だということで、ひそかにマズいんじゃ・・と思いながらの試食。
食べてみました。
うん。そこまでピンクと違う印象はありませんでした。
ピンクバージョンより若干おやつ向けの味がしますね。
チキンっぽいっていうのかな~、ちょうどベビースターラーメンっぽいような味です。
麺は気のせいか、ピンクバージョンより若干かたいような気がします。
ただ、私は歯ごたえのある麺のほうが好きなので、全然OKです。


 

★YUMMI
さて、こちらはエースコックベトナムのラインナップの中でも高価格帯に分類されるものです。
いわゆる高級袋麺。
高級と言いましても5,000ドン=23円ほどです。
なんとノンフライ麺です。
他に赤バージョンもございます。
食べてみました。
麺は極細めん。
日本の技術をもってしてもノンフライ麺は「もどり」が悪いわけで・・ベトナムのものはもっと「もどり」が悪いです。
裏面の説明どおり熱湯を注いで3分以上待ったにもかかわらず、まだダンゴ状態です。
さすがに5分くらい待つとほぐれてきましたが・・。
味はラーメンというよりビーフンみたいな味がしました。
麺は歯ごたえ抜群。いや、かなりかためです。笑
極細固麺・・博多ラーメン好きの方いかがでしょうか!(味はビーフンですが)

続いてはこちら。




★KU’A&NAY
米粉を使ったフォーです。
日本にもうどんタイプやそばタイプがあるのと同様に、ベトナムにもローカルオリジナルタイプの麺がラインナップされています。(ブンやフーティウなど)
ベトナムで展開されているインスタントラーメンの種類は日本ほど多くないものの、それに近いくらいの種類はあります。
スーパー(ベトナムイオン1号店)で見たラインナップはなかなかのものでした。
これは牛肉ベースの味付けなのでしょう。
肉の写真が堂々と載っています。
もちろん写真のような勇ましい牛肉など一切入っていません。
食べてみました。
コレは・・!めちゃくちゃ美味いです!
薄味のスープにモッチモチの平麺がめちゃくちゃマッチしてます。
味があっさりしてて、食べやすいのなんの。
ズルズルいけます。
あっという間に平らげてしまいました。
パクチーのニオイがほんのり漂いますが、そんなに気になりませんでした。
インスタントラーメンレポやのにフォーなんか邪道やわなんて思いながら、一つしか買わなかったのが非常に悔やまれます。
これはフォーと割り切って日本で展開すれば結構売れるんじゃないかな。
フォーそのものが根付いていないから敬遠されるかもですが、ヘルシーな味わいと麺の歯ごたえはかなりウケると思います。
→ ベト麺総評
現地のホテルでも他に何種類か食べましたが、感想としては、ベトナムのインスタントラーメンはどれも「普通に食べられるレベル」だということです。
例えば10分待っても麺がダンゴ状態だとか、3分待ってふたを置けたらメッチャクサいだとか、そんなことはありませんでした。
端から端まで全種類試す価値はありそうです。
もちろんローカルメーカーのインスタント麺も多数ありますので、インスタントラーメンマニアの方、是非チャレンジしてみてください。
(私は日系メーカーだけにしておきます・・)



★ベトナムにおけるエースコックとその他メーカーの現在とこれから
現在、ベトナムにおけるエースコックのシェアはなんと60%。
ものすごい数字です。笑
エースコックは1990年代初頭から東南アジアを中心に将来的に有望な市場がないか各国を視察していました。
その時に目に飛び込んできたのがベトナムだったそうです。
ドイモイ政策の市場開放経済導入をチャンスと捕らえ現地に設備を構え、ほぼ手探りで創業を開始しました。
時に1995年のこと。
もちろんベトナムの地で日系企業が食品を作るなどという例は前代未聞、色々と苦労が絶えなかったそうです。
そして立ち上げ時に人一倍奔走したのが、件の梶原社長。
「来た当時は自動車はおろかバイクもほとんど走っておらず、人以外には田んぼと牛しかありませんでした。笑」・・だそうです。
ベトナムの食の発展はまさにエースコックが大きく発展させたと言っても過言ではないような気がします。

そして日本でインスタントラーメンの金字塔といえば日清カップヌードル。
ここベトナムでいち早く市場の開拓に乗り出したのはエースコックですが、日本ナンバーワンのインスタントメーカーがベトナムという右肩上がりの有望な市場を黙って見ているわけがありません。
最近はいよいよ日清が気合いを入れ始め、エースコックを猛追してきているようです。
ラインナップとしては普及価格帯はそこそこに、どちらかといえば高価格帯のラインで勝負を挑んできているようです。
これはベトナム人の所得が年々増えてきていることで、より高価で質の良いものを求めている現地のニーズを汲み取る戦略に他なりません。
一種の差別化戦略です。



たしかに、日清のインスタントラーメンのパッケージを見ますと、まず最初にデカデカと書かれた会社ロゴが目に飛び込んできます。
いろんなラインナップがありますが、どれもこれもまずNISSINというブランドを前面に押し出しています。


そして裏面を見ますと、「我が日清こそが世界で最初のインスタントラーメンを作ったメーカーであり、現在でも日本はもちろん世界のトップメーカーである」という会社の紹介文と、安藤百福さんのイラストがバッチリ描かれています。
正直、これを出されてしまうとエースコックとしては手も足も出ません・・。
もちろんエースコックとしても黙って見ているわけにはいきません。
今以上に高価格帯のラインナップを増やしていきたいとのことです。
先発の利を活かせるかどうか、今はエースコックの踏ん張り時かもしれませんね。


梶原社長と記念撮影!
(おでこに文字が・・ごめんなさい)
ベトナムインスタントラーメンレポート、これにて終了です。


次回はドイツ企業視察の旅。
お盆休みまでにはUPしようと思いますので、少々お待ちくださいませ。


 
イッセイ
issei

2014.03.27

情熱の革命児 1 (ベトナム日系企業視察の旅 )

 
はい、行ってきました。

今年一発目はベトナムです!
今回も現地の日系企業様に色々と工場を見せていただきました。
訪問企業様は以下のとおり

・㈱フジキン 様
・KYB㈱ 様
・ペガサスミシン製造㈱ 様
・タカラベルモント㈱ 様
・㈱ミツバ 様
・タイガー魔法瓶㈱ 様
・エースコック㈱ 様    ――訪問順


今回は割りピンに関わりのある企業様はあまり無かったのですが、私個人的な理由で言いますと、ちょうど3年前、初ベトナムを経験した折に目の当たりにしたベトナムのバイク・自動車事情が今現在どのように『進化』したのかをこの目で見たかったというのが一番の理由であります。
さすがに3年ほどでは劇的な変化は見られませんでしたが、バイクの種類が多少変わっていたり、自動車の量が増えていたりと、発展途上の加速がそこかしこに見受けられました。
今回は、前回3年前に行った際のレポートよりもう少し細かいことを、もう少し掘り下げた内容でお届けしたいと思います。
その前にベトナムのこと、ベトナム人のことにも触れておきましょう。
 



時差は日本より-2時間。
飛行機は5時間くらいです。
さあ、ベトナムにいざ出発!
 



★正式名称【ベトナム社会主義共和国】
この地球上で唯一、あのアメリカ軍相手に戦争で勝った国です。(アメリカいわく「政治的敗北」らしいです)
首都はハノイです。(ホーチミンではないですよ)
国土は九州を除いた日本の面積とほぼ同じ。
人口は約9000万人です。(ハノイが約800万人、ホーチミンは約900万人)

ベトナムのGDPは約1300億ドル。一人あたりの年間所得平均は約1400ドルで世界平均の15%にも満たないほどのレベルです。

ベトナムの魅力はその平均年齢の若さです。
少子高齢化で瀕死の日本とは真逆の状況で、ボリュームゾーンが20~30代という非常に有望な人口構成になっています。
25歳未満の人口はなんと日本の2倍!
若者が多いその理由は今更説明するまでもありませんが、ベトナム戦争における大量の犠牲者が原因です。
たしかに・・と言ってはなんですが、ハノイもホーチミンもお年寄りを見るのは稀だったと思います。
ベトナムの著しい経済発展は若者達の豊富な労働力によって支えられているわけですね。


★ベトナムのお金
通貨は【ドン】=VND
1VND=0.005円
という感じで、この通貨がメチャクチャめんどくさかったです。笑
今まで使ってきたドルやバーツやルーブルと違って日本円に換算したときに桁が逆に増えるからです。

1USドル = 100円
1VND   = 0.0053円
(190VND = 1円)

・・・わかりにくいです。笑
95,000ドンでようやく500円です。
最初に5000円を両替したときは950,000ドンにもなりました。
ホテルの部屋に置いてあったエビアンをタダ水と間違えてうっかり開けてしまったんでとっさにプライス表を見たんですが、170,000VNDと書いてあるんで目が飛び出そうになりました。
実際には900円ほどです。
インフレ気分を味わいたい方や、お金持ちごっこをしたい方はベトナムドンおすすめですよ。笑
 

★ベトナム人とメシ
ベトナムのごはんで代表的なのは米粉を使った平打ち麺【フォー】です。
ベトナムの国民食ですね。
ベトナム人は週に3回以上フォーを食べるそうで、毎日フォーが朝ごはんという人も多いようです。
・・というか子供も大人もベトナムでは朝食を家ではなく屋台で食べるのが一般的。
屋台は朝の5時から開きます。
毎朝通る道が同じならば、必然的に朝ごはんは毎日同じになりますね。
今回、レストランで食べたフォーはかなり美味しかったです。
薄味のスープに歯ごたえのあるモチモチ麺・・
これはそのまま日本で出しても間違いなくイケると思いました。
北のハノイと南のホーチミンではスープや麺の仕様が少し違うとのこと。
これは日本におけるうどんの関東風・関西風と同じような感じかもしれません。
 

★ベトナム人と労働
ベトナム人の所得。
これは他の周辺国と同じで上から下までかなりの開きがありますので一概にいくらだとはなかなか言えません。
私と同じような年齢の日系企業工場勤務者でだいたい月収9,000円~15,000円位でしょうか。
条件を絞ってもなおアバウト表記なのは都市部と地方では賃金に差があるためです。
去年行ったタイの一般的な工場勤務者の賃金が30,000円前後だったのですから、ベトナムはまだまだ遅れをとっていますね。

ベトナム人は寡黙で受け身です。
ガツガツ前に出て自己主張するというタイプの性格ではありません。
仕事においても言われたことは忠実にこなしますが、言われた以上のことは積極的にしません。
人の上に立ってあれこれ指導したりするのも苦手だと聞きます。
でも会社まわしていくにおいては全員がそれでは困ります。
そういう人材がほしい場合は、大学出身者やエリートを採用して徐々に育てていくのだそうです。
でも、これはベトナム人だから~という理由はあまり関係なく、日本人でも同じような感じかなと思いました。

あと、ベトナムの女子はよく働きます。
工場を見ても労働者の7割は女子という有様です。
ベトナム戦争のときは若い男子は皆戦場へ行きました。
その間、家の主は妻。
夫が帰ってくるまで、家を守りました。
だから今でもベトナムでは女子がしっかりしています。
さらにすごいのは子供を産んでも2、3ヶ月したら子供は実家に預けて、すぐ職場に復帰してくるそうです。
困ったのは男のほう。
あまり働きません。
妻が働いている間、夫は家で寝ていたり、友達とトランプをして遊んだり、たまに力仕事を手伝ったりで、一応役目は果たしているみたいです。
 

★ベトナムの名物風景
ここではベトナムの名物【無茶バイク】のご紹介。

















はい、メチャクチャです。
ベトナムでは3人乗りは違法なんですが、例外は子供の場合。
子供は「一人」とカウントしないそうで、お父さん、お母さん、子供2人の計4人乗りというパターンは実は違法ではないとのこと。
でも、友達同士で4ケツという風景はよく見ました。
完全に違法です。(特にとがめられる様子もありませんが・・)



ちなみに今回一番爆笑した無茶バイクがこちら。


ちょ・・っと!笑
 


★ベトナムのバイク市場
さて、ベトナムでのキチバイクの光景はさて置き、今や世界的にも有名となったベトナムのバイク事情。
そんなベトナムの二輪市場について少しお話ししましょう。
ベトナムのバイク販売規模は中国、インド、インドネシアに次ぐ世界第4位という大きさです。
ベトナムの2013年の二輪の売り上げ台数は約350万台でした。(生産は400万台を超えたあたりです。)
この売り上げ規模の中でも日系3社(ホンダ・ヤマハ・スズキ)が80%のシェアを握っています。
やはりベトナムで圧倒的な強さを誇るのはホンダですが、今回の視察では以前に比べヤマハのバイクが増えたなと感じました。
他にはピアジオ(伊)やSYM(台湾)も一定のシェアを持っています。
ベトナムローカルメーカーもあるのですが、ほとんど見ません。
インドやアフリカで幅を利かせているバジャージ(印)のバイクはまったく見ませんでした。



こちらはベトナムで大人気の車種 ホンダ【エアブレイド125】。
当たり前ですが125ccです。
これが新車で18万円ほどです。
一般ワーカーのほぼ年収に匹敵します。
倍ほどの価格で150ccバージョンもあります。
ベトナムでホンダの、しかも新車の、しかも150ccは羨望のまなざしです。
それだけならいいものの、容赦なく盗まれます。
だから見栄を張りたくても我慢して125ccに甘んじる人も少なくありません。
といわけでベトナムのバイクの大半は125ccです。



そして250cc以上は滅多に見ることがありません。
今回の滞在ではレブル(ホンダ)、ビラーゴ(ヤマハ)、ニンジャ250R(カワサキ)を2、3台見ただけです。
ほとんど見ない理由はもちろん価格の問題もあるのですが、ベトナムでは175cc以上のバイクの免許は政府の役人とパイプがないとほぼ取得が無理だからです。
近々、この理不尽な制度(?)も廃止され、一般人でも取得が容易になるようです。
とは言っても、肝心のバイクが高すぎて買えないわけですが・・。

さらに雲上バイクでは、ハーレーダビッドソンを1台と日本製スーパースポーツを2台見ました。
ベトナムにもスゴい金持ちがいるもんだ。



このように怒涛の勢いでバイク市場が成長しておりますので、予想よりはるかに短い期間でベトナムのバイク台数は飽和状態になるだろうと言われています。
かといって、バイクの次は自動車だー!という具合にベトナム全体がそうなるのかといえば、ベトナムの自動車事情がそう簡単には許してくれません。
それは後述しますが、ベトナムでの自動車の所有は経済的な意味で障壁が高すぎるからです。
年収が増えてもバイクから自動車へのステップアップの「距離」は果てしなく遠いのです。これはつまるところバイクと触れ合う期間が必然的に長くなるという意味でもあります。
だから、ベトナムにおけるバイクの存在というのは我々が思っている以上に人に密着したアイテムであり、己の分身という扱いです。
ただのアシではなく、ファッションであり、ステータスであり、所有感を満たす重要な相棒。
各社がバイクにかける情熱もうなずけますね。



ベトナムの二輪生産の歴史は1990年代半ばから始まりました。
ドイモイ政策のもと、急増する国内需要に応えるため、外資系の二輪会社を誘致してベトナム国内での二輪製造&販売に力を入れようとベトナム政府は考えました。
95年にスズキ、96年にホンダ、98年にヤマハと、90年代後半に日本の二輪企業がベトナム市場に出揃いました。
ただ、それ以前に大量の中古バイクがベトナムを席巻しており、やはりと言ってはなんですが、圧倒的なシェアと品質に定評のあったホンダ(主にカブ)が、それ以降も断然強かったようです。(ベトナムでバイクのことを『ホンダ』というのはそのため)



2000年に入った頃に中華バイクブームがベトナムに到来しました。
これは当時、国内の不況で大量の在庫を抱えていた中国のバイク工場がその在庫処分のあてにベトナムに目を付けたというもので、安価な中国製バイクがベトナムに大量に流入してきた珍事件です。
この中華バイクの勢いはゴキブリの増殖かそれ以上のスピードで増大していき、90年代末には4~50万台と言われていたベトナムのバイク市場が、たった3年で200万台にまで膨れ上がったというものです。
ホンダが販売していた主力モデルの1/3~1/4ほどの価格だった中華バイクは、2001年ごろが最もピークを向かえた時期であり、この時のベトナム国内での中華バイクのシェアはなんと8割にも達したと言います。
タチが悪いことにこの中華バイクは【HONDA】ブランドで売られていました。(つまりホンダの偽物)
しかし、驚きの安さの裏には必ず理由があります。
工作精度もあまく、メンテのことなどもあまり考えられていない構造ゆえ、この中華バイクはよく壊れたそうです。
それまでホンダのバイクがいろんな意味でバイクの「スタンダード」になっていたことを、この時ベトナム人は初めて理解したのです。
また、自国のバイク産業を育てるために外資系企業に門戸を開放したにもかかわらず、この中華バイクは実質、簡単な組み立てだけで形になるキットバイクゆえ、バラバラのパーツでは関税もかけられないおまけに自国のバイク産業も育たないということで、ベトナム政府が国内の組み立て業者に対して厳しい取り締まりを行ったことも、中華バイク減少のきっかけになりました。
この中華バイクは2003年から徐々に数を減らしていき、今では農村部で多少走っている程度にまで減少しました。




ベトナムでシェアバトルを繰り広げるビッグ2のホンダとヤマハですが、現在、部品の現地調達率は金額ベースで9割以上と言われています。
ベトナムにおける裾野産業は、こと二輪に限定して言えばほとんど成熟状態にある・・と、言いたいところですが、原材料の鉄やアルミなどは大半が輸入品であることや、設備が整った焼入れ屋も存在しないということも聞きましたので、実質的な現調率はまだまだ低いのかもしれません。
 


★ベトナムの自動車市場
さて一方、ベトナムの自動車市場の動きはどんな感じなのか、
バイクほど市場自体が大きくないので詳細は書けませんが、現状と今後の動向について書きたいと思います。
まず、バイクと違いベトナムで自動車を所有することは容易ではありません。
その理由は簡単で、単純に「価格が高すぎる」からです。
自動車そのものが贅沢品であるため、かなり高額な税金を納めなければなりません。
まず輸入関税。
ASEAN諸国からベトナム国内への輸入の場合で車体価格の50%が上乗せされます。
他に特別消費税が45~60%(9人乗り以下)、付加価値税(VAT)10%が輸入時にかかります。
他にも車両登録税やディーラーの手数料も上乗せされます。
日本で150万円のトヨタカローラはベトナムでは倍の300万円(!)
レクサスは下位モデルでも1000万円を超えるウルトラセレブリティ―な車なのです。
ベトナムの自動車購入費用は他の東南アジアの国々と比べてもかなり高いです。
・・とはいっても上には上がいるもので、国土が狭く規制が厳しいシンガポールではプリウス1台が1500万円もするのですからそれに比べればベトナムの自動車価格はまだまだ安いほうです。笑
あと、ベトナムでは車検もあります。
制度についての詳しい内容はわかりませんが、新車で買ったものは2年おきに、古くなるにつれて1年車検になるそうです。
自動車の運転免許も取得がかなり難しいようで、実技と学科を合わせて6ヶ月ほどかかるようです。
取得費用は10万円前後。
もちろん一般人は苦労してライセンスを取ったところで運転する自家用車などないわけですから、自動車の免許を持っている人はかなり限られています。



ちなみにベトナム自動車市場でシェアNo.1のメーカーは我らがTOYOTAです。
トヨタシェア35%!
以下、GM、フォード、スズキ、ダイムラー(メルセデス)と続きます。

あまりイメージがわきませんが、ベトナムでは自動車の生産も行われています。
トヨタ自動車も【カローラ】や【ハイエース】をベトナムで生産しています。
日系メーカーやローカルメーカーその他外国メーカーをすべて含めると約20社ほどがベトナムで自動車の組み立て生産を行っています。
しかし、アジアのデトロイトと称されるタイとは違って、ベトナムの自動車産業の裾野はかなり脆弱。
大規模な自動車部品メーカーがないため、部品の大半を周辺国から輸入しているのが現状です。
つまり現地調達が全然できないということです。
ベトナムでの自動車部品生産といえばシートやハーネスのような労働集約型の部品くらいなものです。
メーカーにもよりますが、現調率はだいたい20%~30%ほどだと言われています。
現調率90%と言われる二輪に比べ圧倒的に低いです。



新車販売台数は10万台前後と、タイの1/15程度の規模です。
ベトナムにおける人口の増加と所得の倍増は火を見るよりあきらかで、将来的にはかなり有望な市場に育つのは間違いありません。
ベトナムに工場を持つ自動車メーカーはベトナム自動車市場の将来性について期待をしているのですが・・・
目先の問題として今、ベトナム自動車産業の将来を左右する重大な問題があります。
ASEAN地域からの輸入自動車に対してかけている現在の自動車関税を2018年に全廃するという政府の方針です。

先に言いましたとおり、現在、ASEAN地域からベトナム国内に自動車を輸入する場合50%の関税がかけられていますが、なんとこれが4年後には0%になります。
ベトナム政府の無策が致命的なのは、2018年の時点で完成車輸入の関税は0%になることが決まっているのにもかかわらず、輸入部品に対しては税金免除等の税制優遇制度を特に決めていないということです。

これはどういうことかと言えば、つまり高い税金がかかるのを承知でわざわざベトナム国内に部品を輸入してベトナム国内で自動車組み立て・生産をしている自動車メーカーが、タイやインドネシアから完成車を輸入するほうが無税で安くつくというということで、2018年までにベトナムから工場を引き上げる可能性があるということです。

ただでさえ自動車部品メーカーが貧弱で現地調達が困難なベトナムなのに、そこに加えて高い税金を払ってベトナムで自動車を生産するメリットなどもはや皆無です。

ベトナム政府は早急にこのひずみを修正しないといけないでしょう。
この問題を放置すれば、ベトナムの経済成長に致命的なダメージが及ぶのは言うまでもありません。
こういう現状ゆえに今回訪問させていただいた現地の二輪部品メーカーの方も「ベトナム政府は、自動車産業をどのようにしたいのか・・正直わかりません」とおっしゃっていました。



しかし、ベトナム政府が自動車をこれ以上増やしたくないという気持ちも分からなくはないです。
何せバイクですらあの有様ですから、これから国民の所得が上がり全員が自動車を所有するとなれば、そこらで渋滞のオンパレードになるのは明白。
まともに前に進むこともままならず、都市機能は完全にマヒしてしまうでしょう。
生かさず殺さずの今の方針はそれなりに理にかなっているような気がします。



自動車産業の優遇政策でアジアのデトロイトとまで言われるほど成長したタイ、かたや同じくチャンスがありながら海外資金の呼び込みに失敗しその後20年ほど低成長を続けることになったフィリピン。
2つのモデルケースが頭をよぎる今、ベトナムは難しい選択に迫られています。
後ろを振り返れば、低賃金を武器に怒涛の勢いで追い上げを見せるミャンマーもいます。
躍進を続ける周辺国に埋没してしまわないように、ベトナムは『勤勉』『粘り強さ』といったものを武器に一歩一歩発展してほしいと切に願います。



以上、ベトナムレポート終了です。
 

次回はおまけ編。
今回、エースコックベトナム様に訪問させていただいましたので、それにまつわるエピソードや、ベトナムインスタントラーメンのレポートをお届けしたいと思います。
インスタント麺好きな方は必見。笑

気長にお待ちいただければ幸いです。

ではでは。

 
イッセイ

2013.12.29

タイ日系企業視察の旅 (おまけ カンボジア編)



さて、後編は最終2日間に訪れたカンボジアのことを少しだけお話したいと思います。
それとタイで手に入れた少し変わったお土産もご紹介します。
今回はおまけ程度の内容です。ご了承ください。(笑)




さて、今回のカンボジア視察(ほぼ観光)についてですが、滞在時間が短くタイ視察後のおまけほどにしか思っていなかったので、基本情報はほとんど調べずの入国でした。
今になってから調べるという有様です。
以下にカンボジアの基本情報を書きますと・・
国土は日本の約半分。
人口約1513万人。
GDPは約128億ドルで、これは鳥取県の1/2程度の経済規模。
一人当たりのGDPは851ドルで、世界平均の10%にも満たないレベル。
・・おおまかに書くとこんな感じです。




カンボジア通貨は【リヤル】ですが、USドルや一部タイバーツでの支払いも可能です。
私自身、滞在中の支払いはすべてUSドルで済ませました。
ただし、1ドル未満のおつりはリヤルで返ってきます。

首都はプノンペン。
今回はアンコールワットの観光が目的でしたので、プノンペンから北に300kmほど離れたシュムリアップに降り立ち、観光後はそのままタイ経由で日本に帰りました。
つまりシュムリアップ周辺の街しか見ていないので、ビルのひとつもない農業国の印象しか残らなかったのですが・・
帰ってからインターネットでプノンペンの街を見ましたら、意外と近代的な街並みも見られるようで驚きました。
フランス植民地時代の建物もそのまま残っているようです。


 

さて、今回のカンボジアのメインとなったアンコール遺跡の見学について書きたいと思います。
アンコール遺跡とはカンボジアの象徴ともいえる世界遺産です。
東京23区と同等の広さの中に点在する遺跡群の中のひとつが皆さんご存知【アンコールワット】と呼ばれる寺院です。
12世紀前半に建設されたヒンドゥー教の寺院で、建設には30数年を要したと言われています。
約5kmに及ぶ塀に囲まれた敷地には3つの回廊とそれに囲まれる5つの祠堂があり、柱や壁にはヒンドゥー教や古代インドの叙事詩が描かれたレリーフがくまなく施されております。













このようなすばらしい建造物にもかかわらず、1970年代には共産主義勢力のクメール・ルージュによって寺院内の彫刻や仏像は悉く破壊されました。
今なお完全修復には至っておりません。

さて、あらゆる世界遺産訪問の中でもこのアンコールワットほど感動したことは今までありませんでした。
それはアンコールワットという建築物が素晴らしいと思ったということより、厳密に言いますと今から380年も昔に森本右近太夫一房という一人の日本人が仏教の聖地『祇園精舎』を目指してこの地に来たという事実が存在するからです。
森本右近太夫一房という人物は江戸時代初期に存在した平戸藩の武士で、加藤清正に仕えた亡き父の菩提(ぼだい)を弔うため、当時『南天竺』と言われていたカンボジアにたどり着いた人物です。
後述しますが、決してカンボジアを「目指した」わけではありませんでした。







朱印船に乗って明を経由し、陸路をひたすら歩き、ようやくこの地にたどり着いた森本はアンコールワットの『沐浴の池の跡』の柱に墨で落書きを残しました。
以下がその文。

寛永九年正月初而此処来生國日本
肥州之住人藤原朝臣森本右近太夫
一房御堂心為千里之海上渡一念
之儀念生々世々娑婆寿生之思清者也為
其仏像四躰立奉者也
摂州津池田之住人森本儀太夫
右実名一吉善魂道仙士為娑婆
是書物也
尾州之國名谷之都後室其
老母之魂明信大姉為後世是
書物也
寛永九年正月丗日

おおまかな内容を言いますと、
「寛永九年正月この地にたどり着く。日本生まれの森本右近太夫一房なり。亡き父の菩提を弔うため、母の後生を祈願するため、何千里の海を越えてやってきた。ここに仏像四体を奉納する」
こんな感じの内容でございます。

寛永九年正月とありますから、西暦でいうと1632年になります。
そんな大昔にカンボジアに行ったんですよ!スゴイですね。
実はその森本が書いた落書きが今でも残っています。
それが↓コレです



この地を目指した森本の想いを、苦難の連続を、そして聖地が眼前に現れた時の感動を想像しながらその落書きに触れていますと、涙が出てくる思いでした。
苦難の道程が月並みですが垣間見えたから・・・と言うのは少々おこがましいですね。
10日間ほどの滞在の後、森本右近太夫は無事日本に帰ってくることができました。
しかし、アンコールワットのあるここはカンボジア。
そう。祇園精舎があるインドではなかったわけですね。
己の信仰心に導かれるままに仏像四体を奉納したこの寺院も、悲しいかな仏教寺院ではなくヒンドゥー教寺院だったという事実・・。

しかし、この地が天竺だろうが南天竺だろうが、先祖の魂を供養するという信念のもと苦難を乗り切りこの地にたどり着いたという行動に深い意味があるのだと私は思います。




年代にはバラつきがあるものの、当時アンコールワットを訪れた日本人は森本以外にも数名いたようです。
その誰もがここアンコールワットを【平家物語】の冒頭に出てくる『祇園精舎』だと信じて訪れたのだろうと言われています。
ちなみに森本右近太夫一房が書いた件の墨書(落書き)ですが、ポルポト政権時代にアンコールワットを要塞として使っていた兵士が上からペンキで色を塗ったため、墨書の判読ができなくなりました。
近年、時間の経過とともにペンキが落ちてきて少しずつですが墨書が判別できるようになってきたのは喜ばしいことです。




時を越えて同じ国からやってきた日本人として異国の地の同じ場所に立つ。
なんというロマンでしょうか。
我々日本人にとってはそれだけでアンコールワットの魅力が倍増します。
歴史のロマンに浸りたい方、是非行ってみてください。
感動はこの私が保証します。笑
 


 
さて、ここからはタイ視察番外編です。
今回たくさんの珍品を手に入れることが出来ましたのでそれをご紹介します。
まず、【レッドブル】。
今や世界一売れているエナジードリンクといえば間違いなくレッドブルです。
その発祥が実はタイであるというのは、前回のタイレポートでもお伝えしたとおりです。
実は今回、本場タイのオリジナル【レッドブル】を入手することが出来ました。
それがコチラ!



皆さんよくご存じのワールドワイド版レッドブルと違う点を挙げていきますと・・。
・瓶詰め仕様である
・炭酸ではない
・実は【レッドブル】という商品名ではない
と、まあこんな感じでしょうか。
向かい合った水牛のデザイン以外、共通点があまりありません。
ちなみにこのタイオリジナル【レッドブル】ですがその起源を辿ると、なんと日本の【リポビタンD】をヒントに生まれた栄養ドリンクだったのです。(瓶詰め仕様や炭酸飲料でないのはそのため)
今回はタイ版のリポビタンDをはじめ、カンボジア現地仕様レッドブル等、かなりマニアックなドリンクを持ちかえることに成功しました。
私の大切なコレクションです(笑)




左・元祖タイオリジナルレッドブル 中・ワールド版レッドブル タイ仕様 右・カンボジアオリジナルレッドブル(シュガーフリー) 




さて、本レポートはデジカメを落としてしまったおかげで写真が少なくなったわけですが、ではどこで何をしている最中に落としたのか・・。
実はパッポン通りに行く道中に落としたのです。
もっと正確に言うとパッポン通りに行くのにトゥクトゥクを捕まえてそれに乗ったわけですが、運転手のあんちゃんがノリノリで大爆音の音楽を流してくれて、ヒャッハー!とか言いながら一緒になってノリにノっていたらその最中にポケットから落ちちゃってたというわけです。
アホですよね。
そんな多大な犠牲を払ってまで買いに行ったのは一体何だったのか・・!
実はTシャツです(笑)
そう、2年前のレポートでも少し触れましたが、タイはパロディTシャツの宝庫なのです。
B級ファッション好きなわたしにとってはもはや聖地といっても過言ではありません。
他にもブランドもののバッタもん(服や時計)が屋台に積み上げられています。
もちろんTシャツをつくるのなんかは朝飯前。
著作権無視のやりたい放題で生まれたデザインですからパンチの効きがハンパではありません。
そんなオモシロTシャツの数々をご紹介しましょう。



まず、無難に【レッドブル】です。
デカデカと書かれたタイ語がまたなんとも形容しがたいうさんクサさを放っています。


 

こちらはレッドブルよりはるかに有名なあの炭酸飲料です。
タイ語バージョン【コカコーラ】ですね。
 



そしてこちらは赤いマークの炭酸飲料のライバル【ペプシコーラ】!
・・・のはずですが・・・。




これはケンタッキーフライドチキン(KFC)の店舗に必ず立っているあのおじさんの顔のように見えますが・・。


 
よく見ると【KFC】は【ケンタッキー~】の略ではないようです。




世界一有名なイギリスのバンド。
・・ではなく、悪党の集団です。
某国の元大統領さん(笑)



そしてレッドブ・・・
栄養が足らずに死んでますね。(カンボジアのガイドさんにバカウケでした)
他にもモンスターエナジーのレーシングジャケット(バッタもん)や、アルマーニのポロシャツ(もちろんバッタもん)など、ありとあらゆるいかがわしいアイテムがわんさかありました。
これらのお土産を見に行くだけでも十分価値はあります。
おもしろTシャツで「こんな変なのあったよ!」という情報があればぜひ情報交換しましょう(笑)
タイ・カンボジア視察レポートはこれにて終了です。

さて、2013年ももう終わりですね。
今年は3月のインドにはじまり、7月のロシア、そして11月のタイ、カンボジアと、気軽に行くには少し敷居が高い濃厚な地域に行くことができ大変意義のある年になったと思います。
来年は南米か北米かアフリカかな?
もっともっと見聞を広めて、自分の成長、会社の成長に繋げていきたいです。

今年も色々とお世話になりました。
来年度も【株式会社 旭ノ本金属工業所】をよろしくお願いします。



皆様よいお年を!


イッセイ

2013.11.24

タイ日系企業視察の旅

さて、皆さんお久しぶりです。私です。

今回もいつもと同様、11月の上旬から約1週間、海外日系企業視察に行ってまいりました。
行き先はタイです。
あと、カンボジアにも寄ってきました。
木枯らし吹き荒れる11月初旬、寒い寒い~と言いながら日本を出たわけですが、さすが南国タイ。
結構暑かったです。
カンボジアはもっと暑うございました。



私自身タイ訪問は今回で2度目です。
初めて行ったのは2年前、洪水の真っ只中でした。
(前回のレポートはコチラ → http://www.hinomoto-metal.com/blog/?p=1104)

あとそれから・・・
スミマセン。
実はタイ最終日前日の夜なんですが、ものの見事にデジカメを落としてしまいまして・・
本視察のレポート用写真ですが、ほとんどありません(笑)
最終日の移動中に必死に撮った写真が何点かございますので、それを薄く浅く活用していく所存でございます。
活字ばっかりのレポートになってしまうかもしれませんが、最後まで読んでいただければ・・嬉しいかな。

タイで11月といえば乾季にあたるのですが・・・今回珍しく雨に打たれました。

さて、前回のレポートはタイで見た自動車やバイクのことを中心に町の風景や国民性のことについて書きましたが、今回はタイの自動車事情についてもう少し掘り下げた内容を書きたいと思います。

てか、ほとんどそれがメインなんですが・・。

投げ出さずにお付き合いいただければと思います。




さて、タイの街を見ますとまず気づくのが日本車の多さです。
これは2年前のブログでも書きましたが、タイの街には日本車が溢れています。
2年前に見た光景とほとんど変化は見られません。
タイでは『日本車』はもっとも人気のあるカテゴリーです。
街で見る車の実に8割方が日本車なのです。
(実際に2012年のタイ国内新車販売台数の内、日本車のシェアはなんと88.5%でした!)

タイと日本車の縁は割りと歴史があります。
日産を例に挙げますと、正式な輸出は戦後まもない昭和24年から行っていたようで、昭和35年にはタイの日産総代理店がタイ政府に許可を申請して、かの有名な【ブルーバード】のノックダウン生産を開始したとのことです。
前回行きましたタイ某所にある自動車パーツの宝庫に関しても70年代の日本車のパーツ等が大量にありましたが、あれはその当時、日本からの輸入車またはノックダウン用に日本から大量に送られてきたパーツが今に残っているからです。
タイでの絶大なる日本車人気の理由は、その当時からの信頼と実績が現在まで積み重なってきた証だと言えますね。(ドヤ顔)
そこに加えて車好きのタイ人気質が発揮されるわけですから、ヒュンダイ自動車やタタ自動車のような途上国が生産している「ゲタ用自家用車」がバンコク市街にはまったく走っていないわけです。
この点は、日本人として非常に嬉しく思うところです。









さて、バンコクの街中で走っている自動車の中で、特に多いのがピックアップ車両。
ピックアップタイプの車両は日本ではあまり馴染みがないですが、わかりやすく言えば【サニトラ】みたいな形の車です。
5台に1台がピックアップとは言いすぎですが、確実に10~15台に1台はピックアップだと言っても過言ではありません。
基本サイズは積載重量1tのタイプです。
一番人気はやはりトヨタの【ハイラックス】です。
その次に多いのが意外にも【D-MAX】といういすゞのピックアップです。
実はここタイではいすゞブランドは我々が思っている以上にメジャーなブランドで、とても人気があります。
他は日産や三菱やマツダ、フォード、シボレーなどのピックアップもチラホラ見かけました。

しかしなぜにそんなにピックアップ車両が多いのでしょうか。
それには理由があります。
まず水害が多いタイでは車高の高いピックアップ車両は非常に実用的だということです。
基本歴にバンコクの周囲50kmは一つの山もない平地です。
都市機能として水捌けの悪さはよく指摘されるとおりで、少しの大雨ですぐに川から水があふれ出します。
実は道路が水浸しになるのは珍しいことではありません。
そういう非常時に活躍してくれるのがピックアップ車両というわけです。
あとタイではピックアップ車両の荷台に人を乗せて走ることはなんら禁止されていません。
どこぞの途上国で見るような、人員満載状態で走行している光景というものはさすがに見ませんでしたが、やはり荷台に人を乗せて走っているピックアップ車は多かったです。
渋滞の多いバンコクは少しでも車の台数を抑えたいはず。
荷台で人を運ぶのは利にかなっていると言えます。




実はタイではピックアップ車両が税金面でとても優遇されています。
これがピックアップ車両人気の一番の理由でしょう。
タイでは自動車購入時に車両販売価格の何%という具合に物品税がかかるのですが、ピックアップ車両は普通自動車に比べてこの物品税が格段に安いのです。
詳しく書きますと普通乗用車(2000cc以下)―30%、エコカー指定を受けた小型車―17%、ピックアップ車―3%、ダブルキャブ(2列シートのピックアップ車)―12%。
どうですか!ピックアップ車は3%ですよ!3%!
乗用車の1/10の税率です。
優遇されすぎでしょ。笑
タイには変な荷台をくっつけたジムニーやミラがありましたが、まさにこういった理由からです。



タイでは昨年、新規自動車購入者(初めて自動車を買う21歳以上のタイ国籍者限定)に対して税金還付を行いました。
対象は、タイ国内で製造された自動車で100万バーツ(約300万円)以下の△1300cc以下の乗用車△ピックアップ車両(ダブルキャブ含)、いずれかの購入者に対して最大で10万バーツ(約30万円)を還付・・というものでした。
申請件数の多かったのはどの地方か・・全77都県中、1位のバンコクが9万5000台、2位チョンブリ県5万6000台・・(以下略)という結果で、この制度によって2012年のタイ国内の新車販売台数は143万台に達しました。
なんと前年比81%増です!
数年後には渋滞がピークになり、タイの交通機能は深刻な事態を向かえると政府は予測しているようですが・・・もうすでに深刻な事態に陥ってると思いますよ、ハイ。

ちなみにタイにも自動車の【車検制度】が存在します。
検査はなんと10年に1回!
ですが、それすら簡易的な書類のやり取りで終わる場合がほとんどで、実質「なし」に等しいとのこと。




ガソリンはレギュラーで1L90~100円くらいです。
日本の価格の半分も安くないです。

では交通機関のことにも少し触れておきましょう。




まず【タクシー】。
タイのタクシーはそのほとんどがトヨタのカローラです。
そしてなんといっても色がどれもカラフルです。
滞在中に見たタクシーの色は
・黄色×緑のツートン
・ピンク
・オレンジ(朱色?)
のおおむね3パターンでした。
個人タクシーや会社所有などの種類があるようですが、単純に色での区別ではないそうでそのあたりの見分け方はわかりません。
料金は基本的にメーター制です。
雨の日や場所が繁華街とかのいわゆる『売り手市場』の場合は乗車拒否をされることもあります。
前回の洪水タイ視察の時には何度かタクシーに乗ったのですが、今回は乗らずでした。




しかしこのピンクタクシーの色・・・
今話題のクラウンのアレとそっくりじゃないですか(笑)
 

 

続いて今タイで頭角をあらわしてきているのが【バイクタクシー】です。
バイクタクシーとは運転手の後ろにいわゆる『ニケツ』スタイルで乗って移動するバイク型のタクシーのことです。
慢性的な渋滞に悩まされているバンコクでは非常に有効な移動手段です。
オレンジのベストを着ているライダーがいればそれはバイクタクシーのあんちゃんです。
しかし・・・まあ、これも運転手の程度にもよるのですが、信号無視、逆走、急発進等々、相当荒ぶる乗り物だそうで、地元の人間でもためらう人が多いのも事実。
実際、ガイドさんもやむなく一度乗ったのだそうですが「死ぬかと思いました。もう2度と乗りたくありません。」と、言ってました。
そうは言っても、渋滞の多いバンコクではもはや欠かせない存在。
引く手数多だそうで、朝の時間ですとそこらでバイクタクシーを待つ人たちが行列を作っていました。
これから先、このバイクタクシーはもっと成長すると思います。
なぜなら、タイ人に限らず所得があがれば皆、「自家用車」はバイクから自動車に自然とステップアップしていくからです。
バンコクの交通インフラ自体を大幅に改善しない限り、自動車の流れは悪くなる一方です。
いくら自動車が増えても道路は増えませんから・・。
バイクタクシー家業はまだまだ安泰です。



 
そしてタイ名物【トゥクトゥク】。
やっぱりタイに来たら1度は乗っておかなければ。
乗ってテンションがハイになった結果、本レポートの素材がギッシリ詰まったデジカメをどこかで落としてしまったわけで(笑)
まあ、それだけバイク好きにはたまらない乗り物ということです。
風を切りながら渋滞の隙間を爆走するトゥクトゥクは爽快そのものです。
バイカーにはぜひ一度体験してもらいたい乗り物です。
料金メーターはありません。
料金は交渉しだいです。
「ターミナルトゥエンティーワン!ハウマッチ?」 → 「オッケイ!ヒャクバーツ!」
「パッポンショッピング!ハウマッチ?」 → 「オッケーイ!ヒャクバーツ!」
どの場所を言ってもとりあえず100バーツ(300円)と言ってきやがります。
ちなみに私が泊まっていた【ロイヤルベンジャホテル】を中心に【ターミナル21】へ行くのと、その反対方向へ行く【パッポン通り】行きでは倍ほど距離が違います(笑)
とりあえず値切ってみましょう。
逆にどの辺まで100バーツで行けるのか実験してみる価値はありそうですね。
さて、前回のレポートではトゥクトゥクは二輪を改造したものと言いましたが、ガイドさんいわく現在タイにあるトゥクトゥクの大半はその昔、ODAで日本から海を渡ってきたダイハツのミゼット(3輪車)を改造したものらしいです。
新規登録が打ち切られておよそ10年。
年々数が減ってきています。
経済が発展して移動手段が進化していけば、当然前時代の乗り物など自然と淘汰されていきます。
悲しいかなトゥクトゥクもまたその運命。
20年後にはバンコクの街からトゥクトゥクの姿は消えているかもしれませんね。
 


あと、タイにも【路線バス】は存在します。
しかし交通渋滞の多いバンコクではかなり不便な移動手段であるのは間違いありません。
すり抜けができないわ、車内は暑いわで・・結構キツいと思うのですが・・。
なんとバンコクのバス時刻表は、そのメインとなる「時刻」が記載されていません。
慢性的な渋滞でバスが定刻に来ることなど皆無なので書いていても意味がないのです。
どの番号のバスがどのルートを通るかという表だけあり、「時刻表」には【ここには○番と△番のバスが停まる】とだけ書いています。
せっかちな私なら間違いなくバイクタクシーに直行です。(笑)



さて、去年の暮れにタイで大々的に報道された自動車ニュースは【税金還付制度終了のお知らせ】だけではありません。
なんと、タイ市場の乗用車カテゴリーでは長年新車販売台数ナンバー1を死守してきたトヨタが、昨年12月ホンダにあっさりと抜かれてしまったのです。
12ヶ月の間に12車種のコンパクトカーを投入したホンダはシェアを30%にまで増やし、トヨタを駆逐。
さすがにこのニュースはタイ全土でも大きく報道されたようです。
焦ったトヨタは今年になってホンダのシティ(前回も言いましたが、日本で走ってたアレではない)を若干パクッた【ヴィオス】を投入するも、奪われたシェアを取り返すのにはまだまだ時間がかかる模様。
コンパクトカーの開発をおろそかにして、日本や北米でしか売れていないハイブリッドカーに開発資金を集中させていたツケが今になってジワジワと効いてきてるようです。
そのうちピックアップカテゴリーでもいすゞに抜かれたりするのでは・・と勝手な心配をしている私です。



さてさて、何度も申しましたが本視察レポートですが・・タイ最終日にデジカメを落としてしまいましたので、いつものように街の風景を見ながらのタイの日常をお届けすることができません。

折角ですから視察に直結したマジメな話でもしましょうか。
この私がマジメな話ですよ皆さん!
よほどデジカメをなくしたのがショックのようです。

さて、タイ人ワーカーの給料ってだいたいどれくらいだと思われますか?
これも地方によって上から下まで何倍もの差がありますので、一概にいくらだと言うのはできません。
私と同じ31歳男子、日系企業勤務、現場作業員、勤続3年目という人がいたとすれば、1ヶ月の給料は・・・だいたいですが10,000バーツ前後だと思っていただければいいかなと思います。
(×3をしますと日本円に換算できますので、10,000バーツ=約30,000円です。)
タイで自動車を所有しているのは工場勤務の人でもだいたい「班長以上」の役職の人になります。
さらに上を見ますと、オフィスのトップ(部長級)では月に60,000バーツ以上貰っている人もいるようです。
経済発展が著しいタイでは人件費のコストが年々上昇中です。
最近の話を言いますと、2013年1月1日からタイ全土での1日の最低賃金が全国一律300バーツに引き上げられました。
4、5年前まで1日最低賃金が約500円だったということですからここ数年で2倍に届きそうなほど跳ね上がったということになります。
それと、タイの残業手当は会社側にとってはなかなか頭の痛い仕組みになっています。
例えば8時~17時が定時だとします。
17時以降は残業になるわけですが、そこからの割り増し賃金は定時の50%増になります。
(日本では25%)
休日出勤の場合はどうか。
平日勤務のなんと2倍の手当てを支払わなければなりません。
休日のしかも残業手当となると平日定時のほとんど3倍になるそうです。
これは会社側としてはかなりイタいです。(笑)
なんせ、受注が大量にあるといって残業させまくっていると、実は人件費で儲けがほとんど飛んでしまうという事態になりかねません。
思っている以上に人件費が売り上げに対して連動しているということです。
どれだけ定時内で効率よく数をあげるかが利益確保のポイントだと思います。
 


タイ人の仕事のスキルはどうか。
やはり高いと思いました。
ライン現場ですと、誰一人無駄話もせず黙々と部品を組み立てています。
やはり手の動きが速いですね。
今回訪問させていただいた企業のひとつ、㈱沖データ様(プリンター製造)では、プリンターのセル生産現場を見せていただきました。
ここで見た一人のタイ人従業員の動きが忘れられません。
何百個のパーツを組み込んでいくのですが、上半身の無駄な動きが一切無くロボットを見ているような感覚になりました。
日本を始め世界各国の「現場」を見てきましたが、あんな動きをする作業員は今まで見たことが無いです(笑)
宮川化成工業㈱様(自動車の樹脂部品製造・金型製造)で見せていただいた現場では・・タイ人従業員がマシニングセンタやNC旋盤等、かなりハイテクな機械を操作していました。(機械はすべて日本製)
ちょっとビックリしました。
「タイにはこのような機械を扱える人間がそこらにいるんですか?」
とのこちらの質問には
「いいえ、実はタイで工場を立ち上げた20年ほど前に日本人技術者を連れてきましてイチから教えたんですよ」
とのことです。
やはりこのレベルの機械を扱える人はタイではまだそんなにいないようです。
傍から見れば日本の技術とさほど差が無いように思えますが・・そこはハッキリと違うのです。
金型ひとつとっても、先あたりや浮き等の摺り合わせの判断や、それを修正しながら合わせていく技術、これが金型製作ではもっとも胆になる部分で一番難しいところなんですね。
ここだけは効率化や設備投資などでは数値化できない「職人」の領域です。
やはり日本に比べて20年・30年の差があるわけです。
ただ、タイでこれだけレベルが高い技術があるのなら、日本のものづくりも油断していてはすぐに追い抜かれるのでは・・!
と危機感を抱いたのも事実です。
日本の技術力がナンバーワンであり続けるためには、誰よりも速く走り続けなければなりません。
速く走るには足の筋力が発達しているだけではダメでしょう。
体力、戦略、感覚、冷静さ・・さまざまな要因が高次元で融合して初めて実現可能となるのです。
今の日本は他のどの国よりも優れていると思います。
誰よりも先に行くために、踏み出す一歩は今よりもっともっと大きなものにしていかなければなりませんね。
 
 
さて、次回おまけ編はタイで買ったおみやげ紹介と、最終2日間に行ったカンボジアのことを少しだけ書きたいと思います。
 

気長に待っていただければと思います。

それでは~
 
 
イッセイ

2013.10.21

お茶の思い出

 

通称「古田のおばちゃん」が定年で会社を去りました。

私が幼少の頃からいましたので、30年近く旭ノ本金属工業所にいたということになります。

私がお客様を姫路駅まで迎えに行っている間に、最後の挨拶に来て冒頭の写真のものをそっと置いて帰ったそうです。

中はクオカードでした。

会社の古くを知る人が去っていくことは、やはり寂しいものです。
 


 
 
「ジュースが飲みたいよ~うわ~ん!」
母親との買い物の帰りに立ち寄った会社での出来事。

カップジュースの自販機を目の前にしてイッセイ少年は地面を転げまわってダダをこねていました。

小学校の低学年くらいの頃のお話です。

「よっしゃ。おばちゃんがお茶いれたろ」

と言って、事務所の奥で湯を沸かして緑茶を淹れてくれたのが古田のおばちゃんでした。

しかし、冷たいジュースが飲みたいイッセイ少年は緑茶を一口飲みこむなり

「熱い~!こんなんイヤや~ジュースジュース~」

と、アホみたいにダダをこねるばかりです。

食い下がる古田のおばちゃんは

「あ~熱いんか。ゴメンやで。ちゃんと冷ましたの入れたるからな」

と、言ってもうひとつ、同じ湯飲みを奥から持ってきました。

「イッセイええか?お茶をな、コレに入れたり移したりしとったらじきに冷めるさかいな。今からおばちゃんが冷たいお茶飲ませたるでな」

と、言って、湯のみを両手に持ち、エンヤコラエンヤコラと右の湯飲みにお茶を入れては、左の湯飲みに移し替え~という曲芸を披露し始めました。

イッセイ少年は「おばちゃんスゲエ!」と、泣くのをやめその芸を凝視していましたが、湯飲みのフチは丸く茶の切れが悪いのか、やればやるほど机がお茶でビタビタになっていくのです。

「イッセイ、お茶冷めたで、飲みや。」

と、差し出してくれた湯飲みには・・半分くらいしかお茶が残っていませんでした。

それでも、お茶がキンキンに冷えているものだと思ったイッセイ少年は嬉しそうにお茶を口に含んだのですが、もちろん期待しているような「冷たさ」になっているわけでもなく

「熱い~!こんなんさっきと同じお茶や~!ジュース~!ジュースが飲みたいよぉおお~!!」

と、また泣きわめくのでありました。

結局、母親にジュースを買ってもらったのかどうかの記憶はありません。

少年にはお茶のインパクトのほうが強かったからでしょう。
 
 
そんな古田のおばちゃんが会社を去りました。

わかっていてもなぜか寂しいものです。
 
今までありがとう。

 
 
イッセイ

2013.08.31

晴れ時々ペチカ (ロシア企業視察の旅)

 さて、行って参りました。

その名も【ロシア日系企業視察の旅】!



今回も大阪府工業協会様に色々とお世話していただきまして、6月の末から7月の頭にかけて約1週間強ですが、異国の地ロシアを堪能してまいりました。

地理的にはロシアも立派な「お隣さん」なんですが、なぜかあまり馴染みが無いというか、我々日本人には【近くて遠い国】という感じがします。

実際、テレビなんかを見ていましても、ロシアが画面に映る機会って少ないと思いませんか?

私、ほとんどテレビでロシアの風景見たことないんですが・・。

ロシアと聞いて我々日本人が抱くイメージとはどんなものでしょうか。


 
おそらくですが・・・

・国民は全員気性の荒い人間ばかり。

・街はどんよりと薄暗い。旧ソビエト時代に建てられた赤レンガのボロボロの家がそのまま放置されている。見るべき歴史的建造物はほとんどない。

・凶悪事件が多発するデンジャーシティ。夜中の徘徊は厳禁。日本人とわかるといなやドルフ・ラングレンみたいな大男にど突かれて裸にされる。
 


・・スミマセン。言いすぎました。笑

でもこれ、ロシアに行く前の私の率直なイメージです。

皆さんはどうでしょうか?

大なり小なり程度の差はあるでしょうが、ロシアに対して良いイメージを持っている方はかなり少ないと思います。

今回、ロシアを視察して私が肌で感じたのは、ロシア人は日本という国をかなり好意的に見ているということでした。

シベリア抑留や北方領土問題などの政治的なネガティブイメージばかりが先行しすぎており、それがロシアの真実の姿をかき消しているのは間違いないです。




今回は、私がこの目で見てきたありのままのロシアの姿をウソ偽りなくお届けしたいと思います。

歴史的なことや政治的なことを書くと、そこから前に進まないと思いますので思いっきり割愛させていただきます。笑

もちろん、車やバイクのことはたくさん見てきましたのでそのあたりを重点的に惜しみなく書いていきたいと思います。(てか、ほとんどそれがメインなんですが・・)

ロシア見聞録はじまりはじまり~




【ロシア連邦】

人口は日本よりやや多く約1億4300万人。

国土は世界一広く、なんと日本の45倍という巨大さです。

首都はモスクワ。人口は約1100万人。

ロシア第二の都市はサンクトペテルブルクで人口約500万人です。

ロシア帝国時代はなんとサンクトペテルブルクが首都だったそうです。

ロシアの人口はウラル山脈より西側にほとんど8割方が集中しています。

シベリアあたりはインフラ整備も遅れがちだったようですが、近年になってロシア政府も東の方へ人が流れるような政策(インフラへの投資や補助金支給)を打ち出したため人口が徐々に増えてきており、ハバロフスクやウラジオストクでは現在ではどちらも5~60万人ほどの人が住んでいるとのことです。

(我が姫路市の人口と同じくらいです。)




ロシアの前身は1236年のモスクワ大公国からはじまりました。
それ以降、ロシアツァーリ国 → ロシア帝国 → ソビエト連邦社会主義共和国 → ロシア連邦(現在)と、国の体系が様々に変容してきました。
先ほど登場しましたサンクトペテルブルクですが、実はソ連時代には【レニングラード】という都市名で、さらにその前は【ペトログラード】という都市名でした。

歴史の変容と共に都市の名前も変化してきたのですが、これは近隣諸国との戦争や、ロシア国内の内戦などで情勢が常に不安定だったという歴史の証です。

【平和】や【安泰】というものは「戦争反対~!」などと旗を振り回しながらボケーッと立っていて得られるものではありません。多大な犠牲があってその上に成り立っているものです。だから尊い。




さて、私が知ってるロシア史における有名人は・・・ピョートル大帝、ロマノフ(王朝)、

イヴァン1世~、アレクサンドル1世~・・

こんなとこです。

歴史上の人物以外では・・フョードル・ドストエフスキー(小説家)、エメリヤーエンコ・ヒョードル(格闘家)、あとテトリス好きとしてはアレクセイ・パジトノフも欠かせません。笑

近代史におけるロシアのイメージは第一次大戦以降にドイツ相手にドンパチしながら土地の奪い合いを演じた血の気の多いイメージが強いです。




わが国とは大日本帝国時代に一度大きな戦争をしており(日露戦争)、第二次大戦後から現在に至るまでは依然として北方領土問題を抱えております。

ロシア側は話し合いでの解決に積極的な姿勢を示していますので、一刻も早く円満解決の方向に持って行きたいところです。

前置きはこのくらいで・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
では~まずロシアは寒いというイメージがありますが、実際はどうだったか。

たしかに冬になると平気で摂氏マイナスの気温になります。

今回訪問したサンクトペテルブルクでも冬になるとマイナス30度にまで気温が下がります。

しかし、今回訪問した期間は6月下旬から7月上旬。

ロシアではもっとも暖かい季節になります。




正直言いますと、滞在していた1週間・・・メチャクチャ暑かったです。

長袖なんか一枚も要らないくらいに暑かったです。

寒かったら凍えてしまう!と思って持ってきたユニクロのダウンジャケットですが、まったくもって必要ではありませんでした。

必要なさ過ぎて捨ててやろうかと思ったほど暑かったです。

この日中の暑さが夜になるとちょうどよい気温になるわけでして、極寒のイメージしかないロシアにおいては今が一番過ごしやすい季節だったのではないかと思います。
 
ハッキリわかったことはロシアにもちゃんとクーラーが存在するということです。笑


 

さて、ロシア人の生活全般についても書いておかなければなりません。

まずロシアでの平均給与はどのくらいか。

これは都市部と地方では若干差があります。

ロシア全土での平均月収は約25,000ルーブルです。

現在のレートでは×3をすれば日本円に換算できます。

つまり日本円で月収75,000円ほどになります。

これが首都のモスクワでは平均で約43,000ルーブルとなり、日本円に換算すると129,000円となります。

もちろんこれはあくまで『平均』であり、貧富の格差が存在するのもまた事実です。
 


物価は高いです。

正直言いますと、ほとんど日本と同じくらいの水準です。

もしかしたら日本より高いのではないでしょうか。

サンクトペテルブルクではケンタッキーフライドチキンに行きました。

小ぶりの骨付きチキン5個、Mサイズポテト、Lサイズコーラのセットで250ルーブルでした。

日本円に換算すると750円ほどします。

現地の所得水準からすれば相当高いように思うのですが・・。

そんな『高級』な店であるにもかかわらず若者の姿がかなり目立ちます。
 
またスーパーにも行きましたが、総じて値段が高いように感じました。

ペプシコーラは普通の350ml缶サイズで30ルーブル。

日本で安売りしている場合、5~60円で売っているようなところもあるのでやはり高いような気がします。




謎の『武士道コーヒー』ですが、これも下位グレードで400ルーブル。

高いですね。

消費税は日用品・生活必需品で14%。

それ以外の贅沢品は18%となります。

前述のケンタッキーでの消費税は18%でした。(外食だからかな?)
 
 

さすがエネルギー大国だけあって光熱費は激安です。

ほとんどお金がかかりません。




あと、アパート。

モスクワには『国営アパート』というのがあります。

わかりやすく言えば、これはソ連崩壊時に国が国民に対して与えた激安アパートです。

社会主義体制になったときに国が国民から土地や建物を奪い取ったことへの「お詫び」ということになるのでしょうか。

家賃は1LDKの大きさで月に3000ルーブル。

しかも電気や水道が壊れたらその修理費も国が全部を負担してくれるというオイシイ物件です。

他人に譲渡すれば莫大な税金がかかる&激安賃貸権が失効するようです。

ただし、親が死んで子が受け継ぐことはなんら問題がないので、親からの「財産」として受け継がれているのが現状のようです。

もちろん、モスクワ市民の全員がこのようなアパートを所有しているわけではありません。しかし、家賃に関してはピンキリですが、日本より低く抑えられるのは間違いないようです。

ちなみにモスクワ市内の土地はすべて国有地だそうです。

(個人、または企業は「国から借りている」というになります)
 

ここで、ロシアの街の風景とロシア人の気質について見ていきましょう。










写真を見ていただければお分かりになると思いますが、非常に活気に満ち溢れています。

冗談抜きでロシアのイメージが一気に変わりました。

今回、モスクワ、ヤロスラブリ、サンクトペテルブルクと主要都市を視察したわけですがどの都市に行っても、想像していたような赤レンガのボロい建物などはほとんどありませんでした。

しかもどこに行ってもゴミがほとんどありません。

それどころか街全体のスキのない造りこみ、完成度に圧倒されまくりでした。

建物ひとつひとつの造形が無駄にカッコイイ・・!

 
 




街のいたるところで見られる騎士の彫刻や建物に施されたレリーフなど、さすが一時代を築いた大国だけあって今もその威厳は色褪せず現代に残されています。

モダンと伝統の融合においてはさすがとしか言いようがありません。

正直、下手なヨーロッパに行くより断然ロシアのほうがいいと思いました。

また街以外にも、大聖堂や美術館など歴史と直に触れ合う場もたくさんあります。

ロシア、ちょっとナメてました。

おそロシア・・!




そしてロシア人について。

実はこれも私は大きな誤解をしていたようです。

前述しましたとおり、ロシア訪問前の私の中での「ロシア人観」はとんでもないものでした。

粗暴、凶悪、ケンカ最強・・。

日本人が一人で街を歩いていると必ず追いはぎに遭うと思っていましたし、なるべく目をあわさないようにしようと心がけていました。

 
しかし、実際に触れ合ったロシア人を色々と思い返してみると、真っ先に浮かぶことが・・

 
実はかなり「親切」だったというです。

 
これはかなり意外に思う方が多いのではないかと思いますが事実です。

愛想のなさはたしかに散見されましたが、それでも言うほどヒドくはありません。

日本人でも愛想のない人間はたくさんいますし・・本当にそんなレベルです。




薄暗いローカルなレストランに行ったときも白熊みたいな従業員が丁寧にトイレまで案内してくれましたし、スーパーマーケットに行ったときも買ったものを入れる袋がわからずうろたえていたら後ろで待っていたロシア人が自分の代わりに袋を取ってくれたりしました。

また、他の方はおみやげ屋さんで間違った(少ない)つり銭を受け取りそれにまったく気づかず店を出ようとしたらしんですが、直前で呼び止められて足らずのつり銭を渡されたということらしいです。

他にもそういった「意外」な場面に出くわしましたが、そのたびに自分の中でのロシアのイメージが間違っていたと痛感いたしました。




素朴な疑問・・ロシア人は日本人をどのように見ているのか。

実は現地駐在員の方や、ガイドさんのお話を聞いたところ、ロシア人というのは日本人をかなり【リスペクト】しているとのことです。

さすがに嘘ではないかと疑っていたんですが、どうやら本当のようです。

街にあふれる「日本車の多さ」が何よりの証拠です。

あと、全般的にロシア人は日本製のモノに関してはかなりの信頼を置いているとのこと。

ガイドさんの話が本当かどうかはわかりませんが、ロシア製の物と日本製の物があれば、日本製の物を選ぶ人が多いでしょうとのこと。

(家電か自動車かそのあたりはよくわかりませんが・・)

やはり日本(人)のイメージとしては

『ハイテク』

『高性能』

『勤勉』

『マナーが良い』

・・おおむねこんな感じのようです。

コレは素直にうれしいですね。

私はてっきりロシア人というのは日本人を見つけたらカツアゲするのかとばかり思っていました。

ええ、全然違いました。すみません。笑

あと、日本食も密かなブームだそうです。

モスクワやサンクトでは寿司(もどき)のレストランを何件か見ました。

あと、小売店で見たのは日本の調味料です。

日本からの輸入品だと思いますが、日本で売ってる外装のまま売られていました。

どういう料理にどう使うのかは興味がありますね。




さて、この写真。

サンクトペテルブルクで撮った写真なんですが、日本ではまずあり得ない光景なんです。

何がかと言いますと、実はコレ・・・夜10時の写真です。

そうです。

6月下旬といえばロシアでは百夜なんです。

陽が沈むのが夜の11時くらいで3、4時間後の午前3時頃にはすでに空が明るいという怪現象が発生しておりました。笑

基本的にレストランやクラブなど若者が集まる店は朝まで営業しており、大変にぎやかです。

我々も負けじと明け方まで頑張りました(笑)




本旅で特にお世話になった春山さん(中)と井上さん(右)と中坪さん(写真撮影・・)

ありがとうございました!また海外視察ご一緒できればいいですね。




ではでは、お待ちかね。

街行く原動機のコーナー。

まずロシアでの自動車事情について概要を少しお話しておきたいと思います。

2013年現在、ロシアの年間自動車販売台数は約300万台・・をやや超えるあたりです。

ロシアの消費動向は原油・エネルギーの販売価格によってかなり影響を受けやすいと聞きます。

実際に、リーマンショック前には異常なほどの伸びを見せた自動車販売台数ですが、リーマンショック後の2009年には前年度の1/10に転がり落ちたというデータもあり、非常に乱高下が激しい市場でもあります。

自動車メーカーの方いわく、2014年のロシアのマーケット動向はズバリ「わからない」とのことです。

ロシアでの外国車メーカーのシェアは約74%。




ロシアでもっとも有名なローカルブランドといえばアフトワズ社が展開するLADA(ラーダ)です。

このアフトワズのLADAを含め、大小のロシアローカルメーカーが20年以上前には50%以上のシェアを占めていたんですが、現在は20%ほどまでシェアを落としています。

ちなみにこのアフトワズですが、2012年12月にルノー・日産の傘下にはいりました。

外国車のシェアをもっと詳しく書きますと・・

LADAの次にシェアが大きいのが韓国ヒュンダイで約5.6%。

日系の主なメーカーですと、トヨタ約5.1%。日産約5.0%となります。

シェアだけを見ますとバカなマスコミがよく言う韓国車の勢いが云々~というようなことを思われてしまうかもしれませんが、金額ベースで比べれば上級セグメントまで網羅している日系メーカーのほうがダントツで勝っています。

他の外国メーカーで特によく見たのがオペル、フォルクスワーゲン、フォード、ルノー、キア、でしょうか。









他にも日系ではホンダ、マツダ、スバル、意外にもスズキが健闘していたように思います。






日本の中古車はかなり多いです。






高級車では日系のレクサスを筆頭に、ベンツ、BMW、インフィニティとかなりの数が走っていました。




少数派はポルシェやジャガー、アストンマーチン等、多彩なラインナップを目撃。

1台だけですが、ランボルギーニのガヤルドも見ました。

ちなみにどんな車種にかかわらず、ロシアで一番人気のボディカラーはお分かりになりますか?




答えは【黒】です。

理由は『太陽光を吸収して車内が暖かくなるから』だそうです。

ガソリンは1リッターあたり約30ルーブル。

日本円で100円弱となります。




モスクワで見たガソリンスタンド【ウンコオイル】・・・。

さて、ここでロシアの変わった交通ルールをご紹介。

まず、街の車を見て気づいたのが、どの車も昼間なのにライトをつけている点です。

ロシアでは車を走らす際には必ずヘッドライトをつけなければならないそうです。

つけていなと罰金です。

安全のためでしょうか。

手動でつけているのか、イグニッションONで自動的に点灯する仕様になっているのかは不明です。

あと、事故です。

ロシアでは事故を起こした際に警察を呼ぶのですが、なんと警察が現場に到着するまで車やバイク等の【事故車】を動かしてはならない法律があるそうです。

動かすとこれまた罰金。

これが実は渋滞の一因にもなっています。

どんな街中でも警察が来るまでひたすら放置ですから正直、かなり迷惑だと思います。

しかも、警察署の近くで事故を起こした場合はすぐに駆けつけてくれますが、警察署から距離が離れている場合はひたすら待たなければなりません。

下手すると2時間待ちとかもあるようです。

これ、今の季節ならいいんですが、真冬の極寒だとどう対処するんでしょ。

警察来るまでに凍死する可能性もないような気がしますが・・。




続きましてバイクです。

ロシアを訪問する前は「寒いところにバイクの市場なんかあるわけないか・・」と半ば、バイクに関しては【諦めモード】だったんですが、いえいえ!とんでもない!

ロシアにもたくさんのバイクが走っていました。

これもかなり想定外の光景でした。

今回、ロシアのバイク事情に関しては詳しい情報は得られませんでしたので、詳細なデータはございません。

あくまで私の見聞のみでございます。














ビッグスクーター、ネイキッド、モタード(オフロード)、デュアルパーパス、アメリカンクルーザー、そしてスーパースポーツ・・等々かなり多彩な車種が活躍していました。

シティコミューターとしては小型のスクーター(多分125cc前後)も活躍しているようです。

もちろん日本製バイクが圧倒的です。体感9割は日本製でした。(海外勢はBMW、ハーレーダビッドソン、ドゥカティ・・とひととおり走っていました)







日本から中古車として輸入されたであろう「お下がりバイク」もチラホラ見ました。

ロシアにおいてはバイクは「アシ」というより、完全に「趣味」の要素が強いようです。

基本的にはカスタムしたバイクが多かったです。

しかも荒ぶるバイカーが多いようで、サンクトペテルブルクのイタリアンレストランでまったりくつろいでいた時も、目の前にある6車線の国道には爆音マフラーを換装したスーパースポーツがやたらめったら走っていました。




完全に【走り】に振ったバリバリのカスタム車両も見ましたし、街を走るバイクの台数、車種の多さ、バイクに対する考え方などは日本におけるバイク事情とかなり似ているような印象を受けました。



アメリカンクルーザーにおいては、やはりハーレーダビッドソンが多いのですが、日本市場のようにそこまでハーレー一辺倒ではありませんでした。








ヤマハのSTARシリーズ(ロードスター、レイダー)、ホンダ スティード、シャドウ、スズキのイントルーダー、M109、カワサキのバルカン1500などなど、お膝元の日本ではあまり見ることがないメトリッククルーザーがかなり走っていました。

ヤマハのウォーリアに乗っている私としては大変にうれしい光景でございます。

ちなみに純ロシア製のバイクといえば【ウラル】ですが・・・ロシアでは一台も見ませんでした。




最初にも書きましたが、今のロシアは気温がかなり高いです。

日本の気温を5℃引いたくらいの気温です。

バイクで走るにはかなり心地よい気温であることは間違いありません。

ただ、1年をとおして乗れるシーズンはかなり限定されるとは思います。

ロシアにおけるバイク市場の拡大は、新興国のような所得云々という次元での話ではなくもう一歩先の【新規ユーザーの開拓】【既存ユーザーの囲い込み】が課題となってくるのではないでしょうか。

さて、最後に今回訪問させていただいた現地の日系自動車メーカー様のお話で驚愕したことがありましたので、それをお話したいと思います。

現地工場では【X】(仮名)という車種を製造しています。

この【X】は、もちろん日本でも製造しており現役車種であります。

ロシアで製造しているこの【X】はエンジンを含め部品の約3割を現地調達、残りの部品を日本やヨーロッパから輸入して組み立てているという、いわゆるノックダウン生産の自動車です。

日本では200万円で買えるこの【X】(純日本製)ですが、現地ノックダウン生産の【X】はロシアの地ではいくらで販売されていると思いますか?

なんと100万ルーブル・・・日本円で約300万円です。

そう、純日本製ではない【X】ですが、日本で売っている価格より高いのです。

ビックリしました。

とっさに「そんな価格で出して売れるんですか?」と訊いてしまいました。

マネージャーの方は即答で「ハイ。売れます」との答え。

価格競争率は非常に高いとのことです。

これはその車種に限ったことではなく、日系メーカーの車種全般に言えることのなのだそうです。

日系メーカーが作る車種はそれだけ絶大なる信頼を得ているということです。

思い起こせば4年前・・私は日本から遠く離れたドバイの地で体感シェア7割が日本車という光景を目の当たりにしました。

灼熱のアラブ・・自動車の故障は「死」に繋がります。

ロシアもまた同じです。

マイナス30℃の広大な土地で車が故障すれば・・生身の人間は死にます。

死なないにしろ命にかかわります。

極限の地において何に価値を見出すか・・ロシアとアラブ、対極の極地で日本車が支持されているという現実はある意味でもっとも価値のある【名誉】と言っても過言ではありません。

ロシア人さん、これからも日本車を御贔屓に。




さて、ロシア見聞録いかがだったでしょうか。

ほんのちょっとロシアに対するイメージは変わったのではないでしょうか?

ヨーロッパと北米の良いとこ取りという感じで、旧共産圏の薄暗い雰囲気はまるで感じられなかったです。

行く前の印象と行った後での感想のギャップで言えば、歴代行った国の中ではダントツで良かったです。

しかし、我々日本人のロシア観がなぜにこうも悪いのか、色々考えた結果・・・




やっぱり『ロッキー4』の影響なんじゃ・・と思ったのは私だけでしょうか。

物事は噂やイメージだけで判断するのではなく、自分の目で直に確かめることがなにより大切だということを改めて感じた次第です。

機会があれば日本の中古車が幅を利かせているハバロフスクやウラジオストクなどロシア極東地域にも行きたいと思います。

これにて、ロシア見聞録終焉です。

ご清聴ありがとうございました!




モスクワ 赤の広場クレムリンにて。(『クレムリン』とは特定の建物を意味するのではなく『城塞』という意味だそうです。
撮影―㈱マエガワモールド 前川さん Thankyou!)

2013.08.21

夜明けのインディア 後編

 いや~・・・

スミマセン(笑)

実は仕事のトラブルでブログどころではなかったというのが言い訳です。

もうこのまま後編が立ち消えになるのではないかというくらいに、それどころではなかったです。

そんなことを言っている間に、実は6月の末から7月にかけてこれまた大阪府工業協会様企画の【ロシア日系企業視察】に行ってきました。

本当に大忙しです。

もちろんインド編の次はロシア編が控えているわけで.... 簡潔ですみませんが、とりあえずインド編最終回です。




さて、インドのバイク事情ですね。 それに絡めて、前編、中編では書けなかったこともまとめて書いていきたいと思います。

中間層が爆発的に増え、自動車の数が増えつつあるといっても、やはりインドの町で見かけるのは車よりバイクの数が圧倒的に多いです。

悪路が多い広大な土地を自転車で移動するのはさすがに距離的、体力的に限界があります。

自動車は年収の何倍もするからとてもじゃないけど手が出ません。

電車はいつ何時、駅に到着するかわかりません。




なので、インド人が最初に目標とするのが【バイク】です。

途上国で『バイク』といえばだいたい100cc前後のタイプをさします。(50ccは日本以外ではまったく見ません。)

これがインドではだいたい7万円くらいします。

現地一般ワーカーの所得から算出しますと、おおまかですが、給料の6か月分に相当します。

おいそれと手が出るものではありませんので、もちろん月賦でバイクを買うわけです。つまりローンです。

バイクを手に入れたら、より給料のいい所へ、より遠くまで足を伸ばすことができます。 豊かになるための第一歩はバイクから始まるということですね。




さて、インドのバイク事情をもう少し視野を広げて見てみましょう。

そもそもインドにはアシ用のバイク以外存在するのか・・と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実際のところどうなんでしょう。

実は、インドにもまだまだ小さいですが、『アシ以上』のバイク市場というものはちゃんと存在します。

例えば、今回訪問させていただきましたホンダ様を例に出してみますと・・

ラインナップとしては110cc、125cc、150cc、250ccという4種類の排気量を生産しています。

メインで製造しているのは110ccと125ccになります。

趣味的要素が濃いラインはというとやはり150cc以上。 【CBR150R】が約18万円、【CBR250R】が約23万円だそうです。
 
ちなみにCBR250Rの生産台数は年間通しても約1万台ということです。 これはホンダのインド工場での全生産台数の内の0.5%以下という数字です。 市場としてはまだまだ未成熟といえ
ます。

そしてそのCBR250Rとは少し趣が違いますが同じカテゴリーとして競合するのが、【ロイヤルエンフィールド】です。

さすが、生まれ故郷だけあってインドではそこそこの数を目撃しました。

インドでは(というか、世界共通?)300ccと500ccのラインナップがあります。

インドの街を俳諧している時に、小型二輪とは一味違う歯切れのよいサウンドが聞こえたならばそれはまさにエンフィールドといって間違いないでしょう。

日本では珍車扱いでほとんど見ることはありませんが・・なかなかイイ味出していました。 価格帯はホンダCBR250Rと同価格~それ以上と高めとなります。

さすがにロイヤルエンフィールドともなるとボコボコの状態で乗っている人はほぼ皆無で、小奇麗な装いの小金持ち風なライダーが多いように感じました。

ではさらに「上」の超高額バイクはどうでしょう。




実は本視察でダイキン工業㈱様に訪問するその道中で、ハーレーダビッドソンのロゴがデカデカと書かれた巨大な倉庫らしき建物を発見しました。

「おお!!こんなところにハーレーが・・!(笑)」 ハーレーダビッドソンといえば泣く子も黙る高級バイクの代名詞です。

至ってローテクなV型二気筒のエンジンから放たれる独特の排気音と荒削りなエンジンの鼓動感に魅了されるファンは世界中に存在します。

しかし・・・日本でも100万円以上するようなリッチなバイクがインドで走っているんでしょうか。

私がいる間はインドでハーレーは1度も見ませんでした。

しかし、インドにもハーレーはあるんですね。 例えば日本でもおなじみの【スポーツスター】なんかはすでにインド国内で組み立てされています。

この現地組み立て方式は、完成品を本国アメリカから輸入した場合に比べ、関税を30%~40%低く抑えられるようでして、ハーレー社は今後もインド現地組み立ての車種を増やしていくとのこと。

今後は周辺の途上国などにもインド製(組み立て)ハーレーが輸出されていくのでしょう。

近い将来、インド製ハーレーが日本市場にやってくるかもしれません。(それはそれでなんか違う気がしますが・・)




ちなみにインドにおける大型二輪(750cc以上)の市場はまだまだ未熟で、販売台数も2012年の4月~9月期を見ましたら805台と、人口比率からすればとても小さなものです。

しかし、先にも言いましたとおり成長率がもの凄く、2012年の伸び率は前年比77%という驚異的なものです。

これから先、成長率はうなぎのぼりになるのは言うまでもありません。

この市場拡大に乗り遅れまいと、前述のハーレーしかり、日本のメーカー、ドイツ(BMW)、イタリア(ドカティ)と、次々にインド市場に本腰を入れつつあります。

また、イギリスのトライアンフも活性化するインド市場を取り込もうと人気車種の【ボンネビル】を販売する計画だそうです。

 
ちなみに日本で売られている【CBR250R】はタイ製で、それに比べるとインド版の価格はタイ製の半額以下です。

これがいわゆる『インド仕様』というもので、二輪や自動車で共通していえることなのです。

例えば、樹脂やゴム系の部品においてはコストダウンを図るために品質を厳しく管理していません。 真冬でも0℃を下回ることがないインドでは対候設計を日本より「ユルめ」に設定して製造しています。

わかりやすく言えば、日本仕様では「-40℃~100℃」という幅広い温度帯に耐えたれるように設計されているパーツを、インド仕様においては「0℃~100℃」で設計されているということです。

こういった「現地にあわせた仕様」が商品単体のあらゆるところにちりばめられ、コストダウンにつながっているのです。

そりゃもちろん、見た目が日本のものとまったく同じ車種であっても・・断然日本製よりかは品質は劣ります。

しかし、途上国の人にとって車の故障は日常茶飯事。

壊れたら自分で直すのが基本です。

ちょっとした故障などあまり気にしないのがインド人です。




2012年の日本国内の自動車販売台数は536万台(軽自動車含む)でした。 一方、二輪の新車販売台数は250cc以下のすべての区分を併せても40万台弱という数字です。

単価においては圧倒的な価格の差があるのにも関わらずです。

この数字を見るだけでも、ここ日本においては単なるアシ用として二輪を買う人などほとんど限定的だといわざるを得ません。

先進国において自動車は価格的に【高嶺の花】ではないですし、安全性、積載性、身体的負担を考えても自動車1台を買ったほうがよほど実用的です。




「バイクが趣味だ」といえる人というのは世界広しといえども実はとても少数派。 先進国の、しかも限定された人といっても過言ではありません。

逆に言えば、それ以外の人はほとんどすべて「バイク=移動用のアシ」という人たちになります。 ここの層をいかに攻めていくかで、市場のパワーバランスが決まるといっても過言ではありません。

やがてその国の人々がアシ用バイクから趣味的バイクに移行したとき、過去の結果がいきてくるでしょう。

「俺は昔からこのメーカーのバイクが好きなんだ」と。

インド人の傾向として、実は車にしろバイクにしろ最新のモデルに飛びつくという例は一般的ではなく、5年・10年と安定して人気がある車種を選ぶ傾向にあるそうです。

ここがインド市場を攻める上で非常に難しいところで、1年や2年の短期間ではなかなか現地のニーズに合っているかどうかという判断がしづらいということです。

『安くて高品質だがブランド力が弱い』と言われる日本のメーカーはこのインド市場の特性をよく理解した上で、安定したブランド力を確立していかなければなりません。

その代わり、一度育った芽は確実に大きくなります。 インド人のように焦らずゆっくりと育てることが重要です。


 
さて、いかがだったでしょうか?インド視察記。

インドは歴史が古く、その長い歴史のなかで形成され昇華してきた独自の文化・習慣が現代においても根強く残っています。

それが良いことに働くこともあれば、負のほうへ引っ張られていくこともあり、これがインドにおける【諸刃の剣】になっていることは間違いありません。

インドが先進的な国を目指すのであれば、負の部分については一つ一つ変えていかなければなりません。 それらを実行し、変えていくのは他の誰でもないインドに住む人々です。

あらゆる課題をすべて克服した時、インドの夜明けは今より一層輝きを増すことになるでしょう。

以上、イッセイのインド見聞録、これにて終焉です。

ご清聴ありがとうございました。


 
 
タージマハルにて。
 
次回はロシア視察記です。
8月中にアップすることをお約束します(笑)
 
 
 
 
イッセイ

2013.04.07

夜明けのインディア 中編



皆さんこんにちは。

遅くなりすみませんでした。
なんと!あまりに時間がかかりすぎて急遽予定を変更。
「中編」なる区切りを勝手に作っちゃいました(笑)
だって・・まとめるのヘタクソなんですもの・・
書きたいこと全部書いてたら多分、後編UPできるの8年後くらいになると思います(笑)

実は、花粉症と呼吸困難でもはや死に掛け寸前です。
先週は花粉症がひどすぎて夜寝られずそのまま風邪を引くという醜態を晒しました。
「頭が痛い・・でも、もう少しでブログができる。アップせねば!いや、どーせ、誰も読んでいない。いや、誰か一人でも読んでくれている人がいるのならその人のためにアップせねば。でも頭が痛い。割れそうだ。だいたい、なんでオレはこんなに虚弱なんだ。昔はあんなに腕白だったのに!悔しい・・!」
布団のなかでそんな戯言を念仏のように唱えていると、ふと気がつきました。

もうすぐ、帰国して1ヶ月が経つではないかと・・。

自分のウスノロさ加減に嫌気がさしたところで、あとは各記事を切って張ってつなげて~写真を載せて~の作業だったらできるではないかと思い、なんとかこの中編を完成させることができました。
厚く御礼申し上げます。
・・というわけで、後編は次回に持ち越しということで全3回にてお届けいたします。

今回は【車】を中心にお話を進めていきます。

さあ~イッセイがインドで見てきた車事情はどんなものだったか!

インド視察記 中編~はじまりはじまり~



 

まず最初に、お金の表記について書いておきたいことがあります。
これから書いていく車やバイクの話をはじめ、お金のことはすべて円に換算してお話を進めていきたいと思います。
日本での物価や給与と比較がしやすく、感覚的にわかりやすいからです。
一応、参考までに2013年現在のレートは1ルピー=約1.75円です。
私は現地でお金を計算するとき、本当におおまかに知りたい場合は単純に、表記の金額に2倍していました(笑)

先に行く前にここで、インド人が一ヶ月に得る賃金のベースを決めておきましょう。
中堅日系企業のキャリア1年目のワーカーの月給が約7,000ルピー=12,250円だそうです。
しかし、有能なベテランエンジニアは月給10万ルピー=175,000円というツワモノもいるようで、給与の平均ベースがなかなか掴みづらいというのも事実(笑)
わかりやすいように私と同じような年齢で架空の人物を設定して決めてみましょう。




● 中堅日系企業勤務、ライン作業従事、キャリア4年目、30歳、月給20,000円(11,500ルピー)。
1ヶ月の給料が2万円。
・・・・どうでしょうか。とてもわかりやすくなったと思います。
これをベースに現地の物価感覚を体感していただければと思います。

物価はこれまた「約」ですが、だいたい日本の1/8くらいだと思っていただければいいでしょう。
高いと感じるか、安いと感じるかはアナタ次第です(笑)


 
さて、イッセイが見た・聞いた~の話の前に、インドにおける自動車産業の基本情報をここに書いておきます。
インド自動車工業会が発表したデータによりますと、2012年度のインドでの国内新車販売台数(商用車含)は358万7260台だそうです。
一部では「2012年中に400万台の大台を突破する!」と言われていましたが・・少し足らずでしたね。
インド自動車市場は2010年には29%の驚異的な伸びを発揮したのですが、その年にインド中央銀行がインフレ対策で利上げをしローン金利が上昇しまくったのが新車販売の鈍化に影響したと思われます。
あと、先に述べましたガソリン価格の高騰ですね。

国別の新車販売台数ランキングを見ますと

1位 中国
2位 アメリカ
3位 日本
4位 ブラジル
5位 インド

・・ということで、ドイツが陥落し、ついにインドが5位入賞です。
何がスゴイかって、不景気だの~エコだの~人口縮小だの~車離れだの~と、散々言われている日本がなんとまだ3位にいる点です。
普通にビックリしました(笑)



 
あまり情報が出てこないのですが、インドの中古車市場はどうなのでしょう。
これは大手による中古車販売のインフラが未整備なため、グレーな部分がまだまだ多いようです。
中古車販売も手がける自動車製造メーカーのマヒンドラ&マヒンドラ(M&M)によりますと、中古車の取引形態は、インターネットなどを通じての個人売買が約60%、ローカルの中小企業が約30%、大手が手がける中古車販売シェアは10%未満と、大手による販売体制はまだまだ未発達ということがわかります。
日本の中古車販売会社さんはインドに活路を見出してみてはいかがでしょうか。

さて、インドでの乗用車市場のシェアNo1はどのメーカーだかご存知でしょうか。
トヨタ・・
フォード・・
フォルクスワーゲン・・
それとも地元メーカーのタタでしょうか。
う~ん、違います。



 
実は【スズキ】です。
これ本当。


地元では【マルチスズキ】というブランド名で浸透していますが、スズキという会社に変わりはありません。
インドにおけるマルチスズキのシェアはなんと40%!
インドに詳しい方なら別に驚くほどのことではないんですが、インドの自動車事情をまったく知らない方ですと「日本の軽四メーカーがインドでトップなんてあり得ない」とか思われるかもしれません。
でも、本当です。
その理由は、本ブログの最後にてお話ししましょう。

この【マルチスズキ】が約40%のシェアを誇り、それに続くのは地元インドの【タタモータース】と韓国【ヒュンダイモーターインディア】で、この2社がだいたい15%ずつのシェアを持っています。
以下、【マヒンドラ&マヒンドラ】(印)約10%、【トヨタ・キルロスカ・モーター】(日)約5%、GM(米)とフォード(米)が各3%、以下、フォルクスワーゲン(独)、ホンダ(日)、ルノー日産・・と続きます。

ここインドにおけるマルチスズキの存在感は圧倒的です。
スズキ率ハンパなし!(笑)



アルト
 
ワゴンR
 
スイフト
 
他、日本ブランドでよく見たのは・・



トヨタ車・・・・エティオス、イノーバ(ともに新興国戦略車)、カムリ(泣く子も黙るトヨタ最強の世界戦略車) 


ホンダ車・・・・CITY(新興国向け。昔日本で走ってたあれとはまったく違う)



ミツビシ車・・・・ランサー(新・旧)、アウトランダー
・・と続きます。
日産車は現行のマイクラ(マーチ)を3台ほど見ただけです。
マツダはバスを1台見ました。(これは『SWARAJ MAZDA』という現地との合弁会社。合弁解消後も『MAZDA』の名はなぜか残っているという・・)

高級外車はどうでしょうか。
3年前にインドに行かれた方のお話ですと「当時は小型車しか走っていなかった。高級外車などまったく見なかった」とのことですが、やはり成長著しいインドですから、変化がないわけがありません。
そこそこの数を目撃しました。




ドイツ製高級外車に関しては体感的には【BMW】が多かったような気がします。
それより下に【アウディ】と【メルセデスベンツ】が同じくらいの比率でしょうか。
1台だけですが、デリーの中心部で【ポルシェ】の カイエンも見ました。
我が日本勢の高級外車はどうでしょう。
真っ先に思い浮かぶのが【レクサス】です。
しかし、これがまったく走っていないんですね。
滞在中1台も見ませんでした。。
後で調べましたら、インドでレクサスブランドを展開したのはなんと2013年になってから。
う~ん、そりゃ見るわけがない・・。
しかし、インドにおいても『日本ブランド=高品質』というイメージは揺るぎないもの。
これから先、富裕層を中心にブランドが浸透していけば、街を走るレクサスも格段に増えていくことでしょう。
(もちろんと言ってはなんですが、【インフィニティ】や【アキュラ】もまったく見ませんでした)




ちなみにインドにおける高級車の輸入関税は75%。(800cc以上の二輪車には60%)
近年では、高額な輸入関税を避けるために、なるべく現地で組み立てを行い販売価格を安く抑えたいと考えるメーカーが相次いで現地生産(組み立て)に切り替えているようです。
 



そしてインドの街でひときわ異彩を放つこのクラシックカーはなんでしょう。
これはヒンドゥスタンモータースの【アンバサダー】です。
実はマルチスズキが席巻する以前はこのアンバサダーこそがインドにおける国民車でした。
(元々はイギリスのモーリスオックスフォードのライセンス生産車)

ヒンドゥスタンモータースの地元、コルカタではまだ多数走っているそうです。
今回訪問したデリーとチェンナイではそれなりの数を見ましたが、それでも10年ほど前に比べると圧倒的に台数は減ってきているようです。

なんと・・・!現役生産車(笑)
このアンバサダーも後半で少しだけ登場します。

あと、2009年に10万ルピー(175,000円)という激安価格で登場し、世界中を驚かせたタタモータースの【ナノ】はインドのいたるところで・・
・・・・嘘です。

実はまったく走っていませんでした(笑)
滞在中見たのは本当に1台だけでした。
発売直後から不具合が頻発したり、工場の稼動がうまくいかず生産が進まなかったりと、話題とは裏腹に販売が思うように軌道に乗らなかったのが原因だといわれています。
しかし、根本はもっと違うところにあるような気がしてなりません。
自動車を所有することが一種のステータスであるインドでは、【ナノ】はあまりにも「下」を見すぎた車だったのではないでしょうか。
実用性重視といえど、プライドの高いインド人には少し受け入れがたいパッケージングだったのは間違いないです。
「そこまで安い車を買うくらいなら・・」という気持ちがあったのだと思います。
現在【ナノ】は装備やバリエーションを増やしながらしぶとく販売されています。
また、周辺のスリランカやネパールにも輸出を始め、新たな販売網を構築中です。
インドでの販売は成功したとはとても言いがたいものです。
しかし、【超低価格車】という自動車のあり方そのものを根本から覆そうとした思想は評価に値するでしょう。




ちなみにインドの「ザ・国民車」ことスズキの【マルチ800】ですが、これが約38万円からのお値段です。
【スイフト】で約50万円から。
もちろん新車での価格です。
メチャクチャ安いですね。
日本ではあり得ない価格です。
「お!おのれ~スズキめ!インドが好きだからってそのようなひいきは許さんぞ~!」
と、お怒りになるのはお門違いです。
なぜなら、安いのには理由があるからです。
これが所謂『インド仕様』というものです。
コストカットの賜物ですね。
では、どういうところにコストカットが施されているのか・・
それは次回、後編でお話しましょう。
 

さて、交通マナーに関しても少しふれておきましょう。
皆さん、だいたいの予想はつくと思いますが・・・割とメチャクチャです(笑)
信号の遵守意識はまだある方ですが、それでも信号のないところになるとわれ先にと、車・バイクが入り乱れるのはもはや日常の一風景でしかありません。
ダイキン工業㈱様を訪問する際、地方の狭い道をバスで走っていたのですがこのチャーターバスの運転手がこれまたメチャクチャで、対面二車線の道路なのに前を走る車が遅いと判断するや否や何の迷いもなく追い越しを決行しまくるのです。
対向車線(真正面)から大型のバスやトレーラーがこっちに向かって迫ってくる光景は、気絶寸前の地獄絵図です。
車内のあちこちで「危ないぶないぶないぶない!!(汗)」「あああ~!コレぶつかるでぇぁあ~!!(願)」「ちょ~おお!!死ぬ死ぬぅう~!!(涙)」という絶叫がこだまします。
しかも今回、移動に使ったバスはインド【タタ】製のバスだったのですが、サスペンションが明らかに異常でございまして・・。
まるで衝撃を吸収している気配がありません。
まさにリジッドサスです。
デコボコの道に突入した際には車体の傾き加減と底突きの衝撃により、車体がバラバラになるんではないかとハラハラしました。
そんな状況でも平気で横をすり抜けていく車が多数いるわけで。
本当に事故を起こさないのが不思議なくらいです。
移動の2時間半の間、クラクションが鳴りっぱなしだったのは言うまでもありません。
 

さて、ガソリン事情はどんな感じなのか・・。
実は、インドのガソリン価格は想像以上に高く、1リッター120円(70ルピー)もします。
物価水準を考えると鬼のような価格です。
日本のガソリンよりちょっと安いくらいですよね・・。
我々の感覚からするとガソリン1リッターを買うのに1,000円ほど払っている計算になります。
ルピー安と世界的な原油相場の上昇という日本と同じような状況がガソリン価格上昇の原因となっているようです。
これだけガソリンが高いとなると・・。
ハイ、そのとおり。ガソリンより価格が安い軽油を燃料とする「ディーゼル車」の存在感が大きくなってきているようです。
ローカルメーカー&外資メーカー各社は去年あたりから「これからディーゼル車両の生産に力を入れていく」と軒並み意気込んでいます。
ちなみにインドでの軽油価格はガソリン価格の約半分。
日本ではガソリン価格に対して軽油価格はリッターあたり20円ほどしか安くないことを考えると、日本以上にディーゼル車のメリットは大きいのではないでしょうか。
ディーゼル車の市場を開拓するメリットは十分にあります。
デリーでよく見たのが写真の「INDIAN OIL」というガソリンスタンドでした。



 
本視察での移動は大半がバスでの移動でした。
実は、乗用車以外の、トラック、バス、タクシーに関しては登録地以外の州に入る際にはTAX(税金)を払わなければならないようです。
言ってしまえば【関所】みたいなものです。
州の境目には料金所があり、お金を払うまでに10分ほど待たされます。
どれほどの金額か詳しくはわかりませんが、入る州によって金額は違うとのこと。
お金を払うと領収書兼チケットが手渡されるので、それを見えるところに提示しておきます。
料金所といってもゲートがあるわけではなく、地元ナンバーの車と混在して通過するのでそのまま通過してもわからないような気がしますが・・。
ちなみにお金を払わないで走っている・・つまり警察に止められた際にチケットを見せることができない場合どうなるか。
車はその場で即【使用禁止】になるそうです。(それって・・帰りは徒歩?)
 

ではここで、インドにおいてなぜスズキがこれほどまでに幅を利かせられることになったのか!
その理由をお話しましょう。
インドにおけるスズキの偉大さが身に沁みてわかるそんな物語です。
まず、インドの自動車産業のあらすじはどんなものであるか・・!
知っている方も、あんまり知らない方も、全然興味ない方も、あらためておさらいしていきましょう。

インドの自動車産業の道は1970年代後半、インド5代目の首相 インディラ・ガンジー氏の【国民車構想】政策により開拓されました。
(ちなみにこのインディラ氏・・女性です。ちなみに皆さんよく知るマハトマ・ガンジーとは何の血縁もない)

それ以前、1970年代よりはるか昔の1930年代から実はインドではGMとフォードがノックダウン方式にて自動車生産を行っていました。
1940年代にはインドの財閥系メーカーも参入し、自動車国産化も幕を開けました
しかし、社会主義体制が色濃い時代、インドにある自動車メーカーは外資メーカーや国内メーカーを問わずインド国内で自由に自動車の製造・販売を行うことができませんでした。
インド国内にある外資・国内自動車メーカーは、インド政府から出向してくる官僚や役人の指示のもと、ありきたりな乗用車を製造しているに過ぎませんでした。
(GMとフォードは1950年代に撤退。)
1970年代のインドを象徴する乗用車といえば【ヒンドゥスタンモータース】の『アンバサダー』(もちろんネスカフェは全然関係ない)と、プレミアオートモービルスの『パドミニ』です。
この2車種はインド国内で爆発的に売れました。
爆発的に売れたというより、消去法で売れたとでもいいましょうか。
この頃のインド自動車産業は自国産業を保護するという名目で、外資系メーカーの締め出し、完成車の輸入禁止や新規・既存事業のライセンス規制など、非常に閉鎖的な政策をとっていました。
上記2車種が集中的に売れた理由は、インド国内にあった自国6メーカーのうちの乗用車を生産していたのが上記2メーカー(ヒンドゥスタンとプレミアオートモービル)だけだったからです。
そして、売れたのはイイんですが、ほとんどモデルチェンジもせず長期間ロングセールであり続けたため、インド自動車産業そのものが世界の自動車最先端技術から大きく引き離されるという「致命傷」にもなりました。

小型で燃費がよく品質の安定した自動車を作りたい!というインディラ首相の指示のもとインド政府は、当時、高品質な乗用車の輸出でアメリカ政府を半泣きにさせていた日本の自動車メーカー各社に対してインド進出を打診しました。
しかし、バブル景気前夜の80年代前半、日本企業が海外市場として目を向ける先は常に北米が中心でした。
インドのような未開の後進国に進出などという考えは異端も異端。
「イ、インドに進出て・・・そんなアホなメーカーおるわけないやろ」
誰もがそう思ったに違いありません。
しかし、自動車メーカー各社が無視を決め込む中、ただ一社、名乗りを上げる企業がありました。


それがスズキだったのです。
これにはスズキの内部からもかなりの反対意見があったようです。

1982年、インドの腐った自動車産業にスズキが斬りこみを敢行していきます。
とは言っても、社会主義体制がはびこる当時のインドで、スズキが単独で自動車生産をすることは許されませんでした。
インド政府から『提携先』として指定されたのが【マルチ ウドヨグ】という現地自動車メーカーです。
この【マルチ ウドヨグ】という会社、実はインディラ首相の次男、サンジャイ・ガンジー氏によって1977年に設立された自動車メーカーです。
ここにスズキが出資するという形で自動車生産がスタートしました。(ちなみに当時スズキの出資比率は26%)
しかし、事実上の国営企業ということで舵取りは常に政府側。
社長には自動車の「じ」も知らない官僚が就任するわけです。
自動車生産の「プロ」であるスズキ側は相当イライラしたに違いありません。
そんな中でも1984年に発売した【マルチ800】(2代目のスズキアルトをベースに800ccまで排気量をアップ)は低価格・高品質もさることながらインドの道路・交通事情にマッチ、マルチ ウドヨグが持つ大規模な販売網も手伝ってインド小型車市場においては敵なしの寡占状態を誇りました。
その後も、国営企業という傘のもと、マルチウドヨグ(&スズキ)は小型車生産では常にインド市場においてトップを維持してきました。

しかし、1991年、インド政府が経済開放政策に切り替えたことによって『マルチ ウドヨグ帝国』に変化が起こります。
それまで80%以上のシェアを誇っていた小型車市場に外資の自動車メーカーがなだれ込んで来たのです。
インド市場をめぐっての自動車メーカー同士の熾烈な競争が始まりました。
1992年、スズキはマルチウドヨグへの出資比率を50%まで引き上げました。
・・が、相変わらず『国が経営するマルチ ウドヨグ』という枠にハメられたままのスズキはインド政府の干渉によって思うように経営の舵取りができません。
そして、不適格極まる役人が政府の指示により「社長」に決まってしまうという事態を目の当たりにした時、スズキの堪忍袋の緒がついにブチ切れました。
「マルチウドヨグ(インド政府)とスズキの双方が承認した人物でないと社長には抜擢できない」という内容を突きつけ、裁判をおこしました。
この件は結局、国際的な裁判の場まで持ち込まれることになり、インド政府側が折れるということで決着がつきました。
またスズキの戦いはインド政府だけではありませんでした。
社会主義の歴史があるインドでは労働組合が非常に強い力を持っています。
外資系の企業は長年、組合が巻き起こす賃金見直し要求によるストライキなどに悩まされていました。
ある時は暴力に訴え、またある時は政府の役人を使い、組合はあの手この手で企業を恫喝しました。
しかし、スズキは労組による不当な要求は一切受け付けませんでした。
会社が向かうべき方向に逆らう者は一切雇わないと。
インドでのスズキの歴史は、インドにはびこる政治腐敗や労働闘争との戦いでもあったのです。
インド政府に対するスズキの姿勢は、行き先不透明・暗雲立ち込めるインド社会全体にとっても大きな衝撃を与えました。
「これが日本企業の経営理念か」と・・
1999年には社名を【マルチ ウドヨグ】から【マルチスズキ】に変更。
2002年には株式の半数以上を手に入れ、スズキ株式会社(日本)の完全子会社化としました。
・・とまあ、そういう歴史があるわけでして、インドにとってやはりマルチスズキはちょっと特別な存在。
先にも述べましたが、現在、インドの乗用車市場におけるマルチスズキのシェアはおおむね40%前後です。
インドの自動車工業史はスズキと共に構築してきたといってももはや過言ではありません。


そんなスズキの血と汗の重みを理解すれば、なおいっそう街を駆るスズキの車が勇ましく見えてしまうものです。

高級外車を相手に豪快な割り込みを敢行できるのもスズキの歴史が成せる業・・!

まさに小さな巨人。



 
さて、中編の最後に・・

新興国を中心に現在【超低価格車】というものが存在感を増してきています。
先に登場しましたタタの【ナノ】をキッカケに、新興国をターゲットにしている自動車メーカー各社も急速に意識が変わってきました。

自動車作りは日本のお家芸です。
日本が得意とするのは主に「真ん中」あたりの車です。
つまり「超」がつかない低価格から、「超」がつかない高級まで。

もう少し頑張れば一番下から一番上まですべての層で日本は活躍できます。

東南アジアでは今でも日本車のシェアが8割を超える地域もあります。

ピンチ、ピンチといわれる日本企業ですが、まだまだ有利な立場であることに変わりはありません。
今が踏ん張り時ということですね。

しかし、今から30年先、世界の自動車勢力図は今とは大きく違うものになっていると私は思います。

インドの次は南米でしょうか。

そしてその次はアフリカでしょうか。

そして、世界中の人々が【中間層】に移行した時、その先にはどのような市場が待ち受けているのでしょうか。

私のような凡人には想像もつきません。


 
 
もしかしたらそんな凡人の想像を超越して・・・車は全部空を浮いているのかも知れませんね。
 
次回、後編はインドの二輪事情見聞録を書きます。

例によって気長にまったりとお待ちいただければと思います。

ではでは~


 
イッセイ

2013.03.16

夜明けのインディア 前編

 さて、今回は大阪府工業協会様の企画【インド 工場&市場視察研修】に行ってまいりました。

 
「インド」って聞くと「カレー」とか「象」とか「ヨガ」とかいろんな言葉を連想するわけですが、
経済全般に関するイメージっていうのはなぜかあまり頭に浮かんできません。
どちらかといえば田園風景が一面に広がっている農業国といったイメージのほうが強いような気がします。
しかし、昨今の中国の反日運動に見るチャイナリスクの露呈、そして12億の人口を抱える巨大市場という観点から、急速に日本企業が進出を加速させている国であります。
いや、日本だけではありません。
いまや世界中の国から注目を浴びているのです。


貧富の格差、カースト制度の名残、民族間でのあらゆる障壁・・インドにはさまざまな問題がありますがそれらを丸呑みにしながらひたすら猛突進しています。
とにかくものすごいパワーを感じました。



初日に南のチェンナイに降り立ってから3日目には飛行機でデリーまで移動。
間間はひたすら悪路の走行。
5時・6時起床は当たり前、車での移動だけでも1日に平均300キロという過酷極まりない視察でしたが、見るものすべてがファンタスティックでエキサイティングで、なによりクレイジーでした。
今回、お邪魔させていただきました日系企業ですが

・㈱ヨロズ 様 (自動車用サスペンション、その他関連部品)
・㈱ミツバ 様 (二輪・四輪用ジェネレーター、ファンモーター)
・ダイキン工業㈱ 様 (空調設備)
・パナソニック㈱ 様 (空調設備、洗濯機、溶接機)
・本田技研工業㈱ 様 (小型二輪車)

以上、5社です。

本ブログでは見学させていただきました個々の企業様についての詳しい報告はしません。
工場内は撮影禁止ですから、どこの設備がどうだったとか説明のしようがありませんし、大々的に公表するような内容ではないデータもあります。

現地ガイドさんや、各企業様で聞かせていただきました現地の習慣や特徴などを総合的に書いていきたいと思います。
企業視察レポートではなく、あくまでイッセイ個人が見た・聞いたの「インド珍道中」というノリで読んでいただければと思います。
「なんじゃ~!ジェ○ロの報告書のほうがよっぽど出来がエエやないか!」といった当たり前のクレームはカンベンしてください(笑)




あ、自動車・バイク関連については当社も大いに関係ありますし、個人的な趣味も絡んでおりますので、そこだけは見た・訊いたの内容も大きく絡めて書きたいと思います(笑)

さて~、イッセイはインドで何を見てきたのか~!

イッセイのインドテキトー見聞録はじまりはじまり~!
 


 
インド共和国――
改めておさらいしていきましょう。
人口は12億人と中国に次ぐ世界第2位の大国です。
毎年、爆発的に人口が増加しており、一人っ子政策を布いている中国を抜かして人口世界1位になるのはもはや時間の問題です。




国土は日本の面積の約8倍です。
赤道近くの暑い国というイメージはおおむね間違ってはいませんが、インドの北部に位置するデリーでは冬になると5℃くらいまで気温が下がるという意外な一面もあります。

州をまたぐとまったく違う言葉が話されることもあり「インドはひとつの国にしてさまざまな国が存在する」とまで言われます。
公用語はヒンディー語。・・ですが、ベンガル語やタミル語など、インド全土にわたって数十種類の「公用語」が存在するのも忘れてはなりません。
イギリス植民地時代の名残から英語を話す人も大多数存在します。
街の看板には英語表記がとても多いように感じました。
一時期ITの分野で世界中で幅を利かせたのも、英語を武器に進出していったからですね。




人口に占める各宗教の割合はヒンズー教が約80%、イスラム教が約15%、他、少数派の宗教としてはキリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教の信者がいます。
我々日本人は「インド=仏教発祥の地」としてのイメージが強いですが、インドにおける仏教徒はなんと1%しかいません。
これはイスラム教の侵攻により13世紀頃にはインドの仏教はほぼ壊滅状態になったからだといわれてます。(イスラム教徒ってこんなのばっか・・笑)
ちなみに本場インドではほとんど消えてしまった仏教ですが、我が国をはじめインド周辺国では今も仏教の源流は息づいています。

本旅の現地ガイド、シャシーさん(以下、頻繁に登場)いわく「どんな都会や地方に行ってもスゴイ商売をしているのはジャイナ教の人」だそうです。

ジャイナ教。日本ではほとんど聞かない宗教です。
ジャイナ教はあらゆる殺生を禁ずるもので、信者は野菜すらほとんど口にしません。
断食の果てに死ぬことも多々あるようで、そのような究極の精神を築くことで常人には見えないものが見えてくるのだとか。
なんと後で調べてビックリ!インド人口の0.5%に満たないジャイナ教徒がインドの50%の富を有しているというデータがあるそうです。
農耕は畑を耕す際に虫を殺す恐れがあるので、必然的に商業や金融の職に就く人が多いからでしょう。
いまや、金融業がお家芸のユダヤ人を駆逐する勢いでジャイナ教徒は世界に進出しているようです。
ジャイナ教の戒律は【不殺生、真理、盗むな、執着するな、貞節】の5つ。
見えない虫を殺してしまわないように口に布を巻き、日没から夜明けまで食事はしてはいけないそうです。
これは相当厳しいですね。
私もジャイナ教に改宗すれば夜間にラーメンを食べる癖直るでしょうか。



 
シャシーさんのお話を元にインド12億人のおおまかな貧富内訳を見てみましょう。
貧富の差が少ない日本を例に出して比べるのは非常に難しいので、感覚的な表現になりますがご了承ください。

まず【富裕層】。
政治家とか役人・一流企業の重役とか一流大学出のエリート・・ここの割合がだいたい10%です。
10%といっても1億人超!日本の人口とほぼ同じです(笑)
それなりの家があり車があり、テレビやパソコン、カメラなど趣味性の高い物を買える余裕がある層です。
日本で言うと『職業=国際線パイロット 年収2500万円』みたいな感じでしょうか。
大規模農場経営者なんかもここに分類されるようです。

続いて【中間層】。
ここに分類されるのは約40%です。
今、インドで爆発的に増えているのがこの中間層。
この中間層をさらに細分化すると
【A】=大きい車(コンパクトカー以上)を買える人
【B】=小さい車(アシ用の小型車)を買える人
【C】=アシ用のバイクを買える人
に分けられます。
今回訪問させていただいた企業で言えば、キャリア1年目のワーカーですと【C】くらいに分類されます。
現地人でも優秀な技術者や工場長クラスになれば【A】クラスに成り上がれます。

そして【貧困層】。
シャシーさんは【努力している人】と表現されていました。
ここが約50%で、まだまだインドでは大多数を占める層ということになります。
個人商店経営者、農業・漁業従事者、スキルの低い単純労働に従事している人はここに分類されます。
ボコボコの自転車で通勤している人たちはまだいいほうで、農村部に行くと裸足で歩いている人なども見かけました。
生活必需品を買うのに精一杯な層で、いち早く【中間層のC】にステップアップしようと日々邁進している人達です。

そして、インドの驚異的な経済成長とともにこの所得に大きな変化が起きているということも忘れてはなりません。
貧困層から中間層に移行している人たちが年々増えてきているのです。
その数なんと年間5~6千万人です!
つまり毎年日本人口の半分ほどの人たちが中間層に移行しているということです。
この伸び率は驚異的です。
中国は一党独裁のもと鶴の一声で明日から法律が変わるような危うい国ですから、上から下までマーケットとしてこれほど将来有望な国が他にあるでしょうか。
インドという国が世界中から注目されている所以がここにあります。




では、インドにおける生活基盤のインフラ全般はどんなものなのでしょうか。
水道から電話に至るまで細かく見ていきましょう。

まず【水道】。
インドという国は平均気温の高さからもわかるように、基本的には砂漠の上にある国だと思ってください。
水というものは、人はもちろん国や社会の『要』であるといえます。
しかし、その重要度とは裏腹に水道のインフラは驚くほど未熟です。
まず地方はほぼ井戸水の使用で、水道が通っているのはムンバイやデリーといった大都市のみです。
その大都市ですら十分にインフラが行き届いているとはいえず、首都のデリーですら水道普及率はなんと25%。
それに輪をかけてインフラの基礎がメチャクチャで、末端に届いている水の量が水道局から送り出している量の半分だけというデータがあります。
つまり残りの半分は・・・土中の配管の継ぎ目から漏れているということになります(笑)
ちなみにこの水道水。
当たり前ですが、飲めません。
本視察は3日目からデリーのヒルトンホテルに泊まりましたが、一日の疲れを取るために浴槽に湯をはっていましたら・・
 
 
 
 
 
 
その湯が若干黄色かったです(笑)
 
【電気】はどうでしょう。
経済を滞りなく発展させていくには、安定した電力供給は必須です。
しかし、水道がそんな状況ですから電力インフラも総じて同レベルです。
実は本視察中にも訪問先全5社のうち実に2社で停電が発生しました。
そういった事情は「前提」なようで、いずれの企業様も電気が落ちた瞬間に社内のジェネレーターが稼動。
数秒の間に自家発電に切り替わるというシステムを作っていらっしゃいました。
しかし、自家発電の電力コストはインフラ電力に比べて2倍~3倍かかるとのことで、稼動のシフトが大変だそうです。
自家発電で毎日稼動させた場合、ラインによっては大赤字が発生する場合もあるようで、「今日はここのライン、明日からはこっちのライン」というような大まかな計画は欠かせません。
㈱ヨロズ様で伺ったお話ですと、24時間内、停電時間は実に12時間!
ちなみに他の自動車製造メーカーなどの大規模工場の場合ですと、政府との契約で優先的に電力を融通してもらえるようです。
(それって・・癒着や賄賂なんじゃねーのか?と思ったのはここだけの話です。笑)
続いて物流に大きく影響する【道路】です。
都会周辺の道路はさすがに落とし穴やたわみもなくそれなりに綺麗なアスファルトが敷かれています。
まっすぐ進む分には大した障害もなくストレスフリーです。
しかし、郊外に出るととたんに『エキサイトバイク』(1984年 任天堂)に出てきそうなたわみ・歪みの激しいコースに豹変します。
横転しそうなほどの勢いで左右に揺られるのはもちろん、小穴に嵌った時なんかは衝撃で尻が10センチほど浮きました。
本視察で一番よく走ったのがデリーからムンバイまで繋がっている国道8号線(通称NH8)です。
これもなかなか変わった道路でして、国道のクセになかなか真っ直ぐに走られないのです。
どういうことかと言いますと、ずーっと進んでいると道の真ん中にバリケードがあり、それを避けるように外側に移動しますとそこからまた真っ直ぐ道が続いているという感じです。
ではその避けたバリケードの向こう側には何が続いているのかといえば、舗装中の道路のような原っぱのような・・道なき道が続いています。




↑こんな感じで対向車線との間にはわけのわからないスペースが不等間隔で展開されております。

そのまま何キロか進んでいるとバリケードがあった元のレーンに戻ることもあれば、さらに外側の別の道に進むこともありなんだかよくわかりませんでした。
 
そして道路には車やバイク以外にもさまざまな障害があります。


トラクター。
 

行商や物乞い。
 

そして家畜。
 
家畜にはビックリさせられます。
主に牛なんですが、本当にどこにでも現れます。

例えば「こんな街中には現れんだろう」とボケーっと窓の外を眺めていましたら・・

 
 コレモンです。
 
餌を探すガリ痩せのマッドドッグ。

話が少しそれますが、ヒンズー教徒は牛を食べないのは皆さんご存知だと思います。
なぜ食べないのでしょうか。
シャシーさんのお話を聞いてなるほどと思いました。
まだまだ自動車など文明の力が存在しない遠い昔、人(インド人)は牛とともに生活をしていました。
畑を耕すのも牛の力を借りればいとも簡単にこなせますし、乳を搾れば牛乳が飲めます。
また、牛の糞は草を混ぜて乾かせば石鹸として使うこともできました。
牛は人々の生活になくてはならない存在。
つまり家族同然だったということです。
なので、先ほどの写真のように道路の真ん中に牛が紛れ込んでも決して無理やり退かそうとはしません。
せいぜいクラクションを鳴らすくらいです。




しかし、そこまで『お牛さま』を丁寧に扱っているのかといえば、特にそんな雰囲気もありませんでした。
パナソニック㈱様に訪問する道中、民家の横で野鳥に啄ばまれる牛の遺骸をみました。
周りの人たちは眉一つ動かさず、今日一日の生活を営んでいます。
よく言えば「放任」、悪く言えば「放置」といった感じでしょうか。
いや、あまりにインド人の生活になじみすぎて、彼らにとっては空気と同じような存在なのかもしれませんね。

そして【電話】。
実はインドの電話事情も日本と同じで、固定電話よりケータイ電話の契約数の方が多いのです。
少し日本の場合と違うのは、固定電話が定着する前にケータイ電話の普及スピードのほうが早かったという点です。
なので、インドにおける個人のケータイ電話の契約数は実に8割を誇る反面、固定電話の契約数は1割ほどとかなりの少数です。
ITの発展が怒涛の勢いで伸びまくった結果、電波系のインフラだけはあっという間に広がったということでしょうか。
しかし・・・我々日本人からすると、水道も電気もままならないインフラ状況で、モバイル端末をイジっている現実は違和感を感じざるを得ません。
先進国が歩んできた社会インフラの進化過程を思いっきり掻い摘んでいるような気がしてなりません。
『ドラゴンボール』全42巻をいきなり31巻から読むような感じですかね・・。

デリー郊外にあったデッカイ広告。私も愛用している台湾ブランド『HTC』ケータイです。
 
 
さて、続いては【インド人とビジネス全般】についてお話をしていきましょう。
まず、インド人は【時間にルーズ】というイメージです。
インド人の時間感覚を説明する時に「今から行くと行ったら3日後に家を出て、それから3日かけてやってくる」といった表現の仕方がありますが、実際はどうなんでしょうか。
現地の企業様にお話を聞いたところ、実際仕事においても納期はかなりいい加減な部分があるとおっしゃってました。
1日、2日遅れるのはザラだそうで、ひどい時には1週間。
死ぬほどひどい時には1ヶ月待ちなんてのもあるようです。
最初は「なんで納期どおりに仕上げてこないんだ!」と怒っていたそうです。
納期遅延の理由は様々で『渋滞で車が立ち往生している』『車が故障して動かなくなった』
『事故を起こしたのでしばらくそっちには行けない』『実はまだ会社にいる』等々・・小学生の言い訳みたいなものです。
インド国民全体がこのような感覚ゆえ、世界一時間にうるさい日本人ですら「こらあかんわ・・」という感覚に変わってくるそうです。
だからインドにある大多数の工場は日系か否かに関わらず、部品納入が遅れるのを前提で生産計画を立てています。
部品在庫の状況は企業様によって違うようで1週間分~1ヶ月分とマチマチでした。
 
 
あと、【カースト制度】の影響はどうなのか。
皆さん気になるところだと思います。
カースト制度というのは4階層に区分された職業身分の制度です。(カーストの「外」を含めると5階層になりますが・・)
現在、法律上ではカースト制度の存在は事実上、消滅しました。
しかし、3000年以上の歴史を築いてきたカースト制度の影響力が易々と消えるはずもなく、現在のインド社会全般においてもその根は深く残っています。
カーストの影響が今も色濃く残るのは『結婚』だそうです。
こればかりは『家』と『家』の繋がりですから当人同士がよければそれで良しというわけにはいかず、仕方がないことかもしれません。




では、実際の仕事場においてはどうなのか。
今回訪問させていただいた日系企業様ではそのようなカースト間の障壁はほとんどないとのことです。
実はインド人同士では名前を見ればなんとなく【出】がわかるようでして、
少なからずそういったコミュニティが形成されることもあるようです。
少なくとも実務においては全く問題なしとおっしゃっていました。

カーストと5Sにまつわるエピソードがあります。
「朝会社に来たらみんなで床を掃除をしよう」と日本人の責任者の方がゴミを拾いながら床を拭いたそうです。
するとインド人の従業員が「偉い人がそんなことはやめてください!それは下層カーストのする仕事です!」
と反発したようです。
しかし、掃除も契約に含まれていると説得した他、5Sの重要性や日本人的感覚を説いた結果、
今ではインド人従業員みんなで床掃除を始めるようになったということです。
インドの街はどこを歩いても塵芥と砂埃のオンパレードです。
逆に日系企業の工場はどこもピカピカです。
今までにそういう「綺麗な環境」で働いたことがなかったインド人には、
掃除をして床をピカピカにするという行為は逆に新鮮だったのかもしれません。
日系企業の信念と努力がやがてインドの街を綺麗にするといっても過言ではないと私は思いました。

あと、意外にもインドには派遣会社もあるそうです。
スキルの高いエンジニアですと売り手市場で職を探すことが出来ますが、一般的なワーカーレベルだと完全な買い手市場です。
例えば、職場環境や賃金待遇に不満がある場合でも、上層部に掛け合ったところで「君の替わりなどいくらでもいる」と言った感じでクビを切られることも少なくありません。
だからワーカーは多少の不満があっても耐え忍んで日々の仕事に勤しみます。
一度仕事を辞めてしまうと以前と同じような待遇や環境で仕事が出来るとは限らないからです。
しかし、我慢も限界に達すると、日本でも大々的に報じられましたマルチスズキのような大きな労働闘争に発展することもあります。
質の良い労働力をいかに安く確保していくか、今後も永遠に続いていくであろう企業の最重要課題です。

さて、まだまだ長くなりそうですね。

前編はここで終わりです。

次回、後編はインドの交通事情と自動車・バイク全般のお話をメインに進めていきましょう。

イッセイが見た・聞いたの話が主体となりますが、寝る間も惜しんでこの目に焼き付けてきたインドの光景です。
バス、トラック、リキシャ、乗用車、牛、バイク、犬、人、死体・・・
インドの「道」には日本では絶対にありえないようなさまざまなモノが存在しました。
インドにおける車・バイクの将来性や、現状考察等々色々と書きたいと思います。

また、今回ご訪問させていただきましたホンダ技研工業㈱インディアの方にもたくさんお話を聞かせていただき、またこちらからは色々と質問や要望をお願いさせていただきましたので、そのことについてもお話したいと思います。
それでは今日はこのあたりで!

ナマステ~!(ちょっ・・それあいさつ)
  


イッセイ

2013.03.02

イッセイ企業視察の旅 第三夜 タイ編

 さて、皆さん。こんにちは。

三夜連続と言っておきながら、やはり1日あいてしまいました(笑)スミマセン。
あさっての今頃、私はインドにいます。
何せ交通マナーがメチャクチャというイメージしかありません。
車にハネられて死んでもいいようにちゃんと保険にも入りました。
・・いや、死んだらよくないな。
 
インド視察終了後にもちゃんとレポートを書きたいと思いますので、皆さん楽しみにしていてください。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【タイ視察記】
2011.10.20 ~ 2011.10.23

 
さて、私は10/20~10/23までの間、タイに行って参りました。
 
上海ファスナーエキスポの際にお世話になりました貿易商社経営のIさんから
「今年の秋にバンコクに工場見学に行きましょう」
と梅雨の時期だったでしょうか・・お誘いをいただいておりましたので、
「これは現地の工場を見るチャンス!」
ということでこのたび、勢い勇んで参ってきたというわけであります。
おおまかな予定では、当社の製品を使っていただいてます現地のメーカー様を見学する予定でした。・・が、タイは現在、過去50年で最悪と言われる大洪水の真っただ中。
日系企業が多く集まる北部のアユタヤでは多数の工場が水没。
10月の中旬になってからは首都のバンコクまで水が流れ込んだとのことで、テレビには水没した高速道路の映像や、住民がゴムボートに乗って往来している衝撃映像が映し出されております。
 
高額なキャンセル料を支払うのか、泥水があふれる街中を潜水しにいくのか・・・「行くも地獄・戻るも地獄」の極悪な2択を迫られる状況で、出発日を指折り数えていますと、3日前には現地動物園から100匹あまりのワニが市街地に脱走したという報道、1日前にはバンコク北部の地域住民100万人に避難勧告が出されたとの報道が・・。
 
「こ・・、これはわざわざ死ににいくようなモンでわ・・」
 
しかしサイは投げられているのです。
 
20日昼、現地からの情報が交錯する中、関西空港でIさんと合流しました。
やはりIさんも、現地の詳しい情報がわからないとのことです。
とりあえず行ってみるしかないです。
 
バンコク行きの乗り場はこのとおり!
 
 
飛行機もこのとおり!
 
100席あれば10人乗っているかどうかというところです。
いや、むしろ自分たち以外の人が乗っているというのがスゴい・・。
 


この時期にタイ入りを決行するというクレイジーな乗客を乗せた飛行機は午後4時前、日本を出発しました。
 

 
時計を現地時間に合わせましょう。(日本との時差は-2時間です)機内はほとんど貸し切り状態です。
真ん中の席をベッド代わりにしてそのまま寝てしまったので、すぐに到着しました。
 
 
 
タイ到着です!
私は30歳を目前に8つ目の海外を制覇(!?)です。
 




 
さて、結論から言いますと、滞在した3日間、バンコク都内は割と穏やかでした。
日本での報道を見ますとあたかもタイ全土が水没してしまい、都市機能がマヒしているというような印象がありますが、道路は冠水し、街では暴動が起きている・・なんてことはなく、人々は普段どおりの生活をしていました。
しかし、バンコクに水が浸水しているという報道は丸々ウソというワケではなく、実際チャイナタウンの一部には水が迫ってきておりました。
私が見た感じですと水深は1センチほどでしたが、これから数日かけて徐々に都心部に流れ込むとの情報です。
 

 
チャイナタウンの店主たちは自らの城を守ろうと、店の入り口にブロック塀をコンクリで塗り固めたりと、完全防護の体制で挑もうとしていました。
月末には海が満潮を向かえ海面が上昇しますので、本当の被害はこれからといった感じでしょうか。
タイの無事を祈ってやみません。
 
 
さて、イッセイのタイ滞在時間はホンのわずかなものでしたが、短い時間の中でもわが身をもって体験したことは非常に刺激の強い思い出となり記憶に深く刻まれました。本ブログでは、私が見てきて感じたタイのありのままの感想を書き連ねたいと思います。
 
その前に、そもそもタイは日本と同じ立憲君主制国家であり、大東亜戦争の折には日本と同盟を組んでいたこともあって非常に親日的な国として知られています。
また戦前から日本企業が数多く進出していた地域であり、日本の歴史や文化はもとより、日本の製品、サブカルチャー等を抵抗なく受け入れることができる土壌がごく自然と形成されていたとも言えます。
そういうこともあってか、街にはいろんな日本語が散らばっていました。
また、日本の音楽やキャラクター、マンガなども多数見受けられました。
ちなみにバンコク滞在中、一番目にした日本のキャラクターは【ドラえもん】でした(笑)
 
 
さて、まずはバンコクでの【食事】です。
旅先での醍醐味といえばやっぱり地元屋台の名物料理です!
・・と、言いたいところですが、ハラに「よからぬ物」が入ってくるとマッハの勢いで下痢に見舞われる私にとって、タイで見る屋台の食べ物を口にする勇気など1ミリもございません。
安全を一番に考えると屋台は避けるべき、ということで結局はショッピングモール内にあるフードコート系に落ち着きました。
 
滞在2日目の夜に、現地のねじ問屋で働いているスニーさんに『サイアム パラゴン』ショッピングモール内にある『翡翠金閣』という高級中華料理店に連れて行っていただいたのですが、これがとても良かったです。
貧乏な舌の持ち主である自分には勿体ないほど美味しゅうございました。
また、2日目の昼に行った日本食レストラン、最終日に行った日本風焼き肉店もなかなか美味しかったです。
 
タイ国内でもっとも有名な日本食メーカーは『OISHI』グループと『FUJI』グループだそうです。
とりあえず、この看板が出ている店に行けば間違いないだろうとのことです。
 





 
日本食レストランはタイ国内でもかなり人気があるらしく、ショッピングモール内の日本食レストランは休日ともなると行列必至とのこと。
実際に、焼き肉とかラーメンとか丼とかの店がスゴく多かったように思います。
 
 
ちなみに、バスの広告で見た『チャクザ』と書かれたジュースが猛烈に気になりながらも帰国の日までに見つけることができなかったのが悔やまれます。
日本に帰ってから調べましたら、『チャクザ』はやはり『OISHI』が展開する炭酸飲料水だそうで、名前の由来は【茶】と【ヤクザ】を掛け合わせた造語だそうです。(ヤクザ・・笑)
 
 





 
次は交通手段である【車・バイク】全般についてです。
ここ数年の経済発展のおかげでタイ人の所得も年々増加傾向にあるようです。
それに伴い、中間所得者層には車を持つ人もチラホラ出てきているようです。
街で見かける車はうれしいことにほとんど90%が日本車で占められています。
街で一番多いトヨタ・カローラを筆頭に、ヤリス(ヴィッツ)、カムリ、ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、アルファード、エスティマ、現行のプリウスもありました。
ホンダはJAZZ(フィット)、アコードが多いです。
ニッサンはやはりタイ製である現行マーチが大人気なようでそこそこな数を目撃しました。
ミツビシ、マツダは数回、トラックは日野(旧ロゴ)が多かったです。
レクサスブランドは全く見ませんでしたので、タイでは展開していないのかな?
そして、途上国相手に売り上げを伸ばす韓国ヒュンダイはなんとバンコクでは1度も見ませんでした。
街中では日本車が多いですが、中間所得者層以上が集まる高級ショッピングモール『サイアム パラゴン』内のパーキングでは一転、ドイツ車が多いように感じました。
ベンツ、BMW、アウディ、MINI(今の)と続きます。
ベンツは一時期、一部のグレードをタイ生産にしたところ、タイ国内での人気がかなり下がったという話を聞いたとこがあります。
それでも「腐ってもベンツ」。
人気は絶大です。
 
パーキング1階の真正面に7777ナンバーの真っ赤なフェラーリF430が止まっていたのはちょっとビックリしました。
 
 

続いてバイクです。
タイ人の重要な移動手段はやはりバイク(主に125cc)です。
何よりも自分の目的を達成するのが最優先であり、無謀運転という自覚があるはずもなく人々は抜きつ抜かれつを繰り返しています。
以前、ベトナム・ハノイで見た光景とほとんど変わりません。
ただ、バイクの種類やバイクに対する考え方は少し違う点があるなと思いました。
 
まず、ベトナムでは「ホンダ」=「バイク」というくらいにホンダのシェアが圧倒的でありますが、タイでは少し違うようで、ホンダの寡占状態というわけではないようです。
体感比率は【ホンダ3:カワサキ3:ヤマハ3:スズキ1】という感じでしょうか。
スズキが極端に少なく、それ以外が同じくらいの比率で拮抗しているという印象を受けました。
ただし、古いバイクはカワサキが多く、ピカピカのスクーターはヤマハが多かったという点を考えますと、これから先、各社シェアは少しずつ変わっていくのかなとも思いました。
そして、ベトナムでは先鋭的なフォルムのスクーターが圧倒的に多かったのですが、タイでは現役で動いているバイクの約半数が一時代前の2サイクルのバイク(2ストロークバイク)という点です。
 
 




 
そこらで白煙をまき散らしております。
街を歩いただけでやたらと体力が消耗する原因は、この2ストチャンバーから放たれる爆音と、オイル臭い白煙が原因だといっても過言ではありません。
非125ccの日本製バイクもわずかながら存在しました。
CB400スーパーフォア、スティード400、ビラーゴ250。
日本からのお下がりバイクとみて間違いないでしょうが、どういう経緯でタイに流れたのかは興味がありますね。
あと、カワサキのニンジャ250Rも見ました。(これはもともとタイ製です)他の途上国と明らかに違う点としては、車やバイクを足として使いながら、実は趣味的な要素も持ち合わせている点です。
なんとバンコクの若者は車やバイクをイジるのが大好きです。
そう、カスタムです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

















日本にそのまま持ち込んでも通用するようなセンスのイイイジり方の車もかなりありました。
これは、同水準の経済レベルを有する他の国ではほとんど見られない光景です。
まず、カスタムという概念すらない国がほとんどです。
そもそも、イジるお金があるのなら他のことに使うか、もっとイイ車に乗り換えようと考えるものです。
しかし、バンコクの若者は見栄やステータスより、自分の好きな世界にお金を投じているという感じが伝わってきます。
エンブレムをつけたり、ホイールを変えたり、内装をデコレーションしたり・・形は様々です。
例えば、上の写真にあるCB400スーパーフォアにはヨシムラのカーボンマフラーが装着されておりました。
日本でも50,000円からする一品です。
イイ車に乗りたいと考えている人が買う物でないのは明らかです。
そういう意味でも、タイの自動車&バイク関連のアフターマーケットの伸びしろはまだまだ未知数だと感じる次第です。
日本のアフターメーカーは積極的にタイに投資するべし!(笑)
 
 
 
余談で恐縮ですが、これはバッタモン市場で有名なパッポン通りのとあるお店の壁にブチ上げられていたバイクです。
エンジンの形を見る限りではベース車両はCBっぽいです。 (エンジンはDOHCだから『~F』かな?)
 
 
 
続いて【タイ国民とタイ国王】について書きたいと思います。
我々日本人がタイ人に見習わなければならないなと思うことがありました。
それはタイ人のタイ国王に対する崇高な【敬愛心】です。
タイの国王はラーマ9世、通称『プミポン国王』。
タイの紙幣『バーツ』にはすべて国王の顔が描かれています。
プミポン国王は常に国民の目線で自ら行動を起こし、農地改革や干ばつ対策に積極的に取り組んでいらっしゃいます。
また、人格者であり慈悲深い人物であることからタイ国民から敬愛されるタイの象徴でもあります。
タイ人の国王に対する尊敬は決して某独裁国家に見る崇拝教育といった「強制」ではなく、タイ人自身の内からくる自発的な感情からです。
ツインタワーホテルのロビー、ネジ屋さんの事務所の壁・・あらゆるところにプミポン国王の肖像画が張られていました。
また、国王の誕生日には全国民が国王の誕生色でる黄色の服を身にまとい盛大に祝う習慣があります。
プミポン国王は、タイ人の心のよりどころといっては大げさかもしれませんが、それに勝るとも劣らない偉大な存在なのです。
一方、日本には世界に誇れる世界最古の王朝である【皇室】が存在しますが、今日の日本にタイで見たような光景は一切見られません。
日本人自身が皇室に対してあくまで無関心だからです。
自国の象徴すら敬うことができないとは、なんとも嘆かわしい限りです。
今日の日本人が遠い昔に失ってしまった【真心】を、タイ人に見た気がしました。
 
 
さて、本題はいつ登場するのやら・・・
ハイ、実は今回のタイ視察の最大の目的は【工場見学】だったのですが、見学予定だった工場2つがまさに洪水被害で壊滅状態となっているアユタヤにございまして、この旅での訪問は不可能となりました。
結局、街のネジ屋さん数軒と、Iさんが日頃お世話になっている現地のネジメーカーさんを訪問して帰ってきました。
まあ・・それだけでも私としてはかなりイイ情報が得られたなと思います。
今回のバンコク視察は当初の予定より大きくズレが生じましたが、色々と貴重な体験ができたので、結果としては非常に意義のあるものだったと感じました。
洪水被害が完全復旧した折に改めて訪問したいと考えております。今回もIさんには色々とお世話になりっぱなしでした。
 
ありがとうございました!
 
さて、ここからは写真で見るバンコクの【風景】です。
 
 
 
 


これは車好き、特に旧車好きにはたまらない通りです。
ナルディやモモのハンドル(・・のレプリカ)、当時物のエンブレムやテールやキャブ、日本のワゴンセールから流れてきたようなカスタムパーツ等々、1日中まわっても飽きません。
ホールデンのエンブレムなんかはちょっと欲しかったかもw
 
 


これはタイ名物【トゥクトゥク】。
二輪車を改造したもので、まあ、いわばトライクみたいなもんです。
現在は、安全性や環境の問題で新規登録はできないとのことです。
いずれはなくなる運命の乗り物です。
ちなみにこのトゥクトゥク。
なんとバイク乗りが集まる大阪の某イベントで見たことがあります。
しかも公道仕様!
こんな珍車が大阪の町を走っていると思うと、ワクワクしますね~!
 


これはパッポン通り
時計やブランド物の宝庫です。
もちろんオールバッタモン。
立派な店構えのショップに並んでいるバッグもオール偽物。
でも本物のオニツカタイガー(メキシコ66)が売っていました。
ちなみにロレックスも大量にありまして、「Aキュウ!Aキュウ!」といって見せに来るのですが、ベゼルやデイトの仕様で一発で偽物とわかるくだらない物でした。
 
 


さて、最後はタイと関連のあるあの有名ドリンクにまつわるエピソードを。
皆さんは『レッドブル』という飲料水はご存知ですか?
向かい合った水牛が目印のエナジードリンクです。
日本ではコンビニ限定で展開されている唯一無二、孤高の栄養ドリンクです。
実はこのレッドブル、生産国が北米やヨーロッパなので欧米系の飲料水ブランドだと思われがちですが、実は誕生の地はタイなのです。
日頃からレッドブルの飲みすぎで、ついには愛車であるYAMAHA R1-Zにレッドブルのステッカーを貼っちゃったくらいレッドブルファンの私にとって、タイはまさに【聖地】でもあります。(笑)
「タイに行くからには、何が何でもレッドブル関連の物を買って帰るぞ!」
と、今回、大志を抱いて海を渡ったわけです。
しかし、我々が普段目にする世界的に有名となったレッドブルと、タイ国内で売られている元祖レッドブルはまったく別物。
バンコクの街中でレッドブルのグッズなんか売っているわけもありません。
しかし、最終日に行きましたパッポン通りにてついにレッドブルのグッズをGETすることができました。
IさんとHさんに買っていただいたお土産です。



 
こちらはレッドブル レーサージャケット(レプリカ)。
シルエットはダサいけど、デザインが超好き!
 
そして何よりお気に入りなのがこちらのTシャツ
 
 
レッドブ・・・・じゃねーし!!(笑)
 
以上、東南アジアのカオス タイ・バンコクのレポートでした。
 
モダンと伝統を同時に味わいたい欲張りな方はぜひ行ってみてください。
 
 

ではでは。

2013.02.28

イッセイ企業視察の旅 第二夜 上海編

 ハイ、みなさんこんにちは。

今日は、前回ベトナム視察の3ヵ月後に行きました上海編です。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【上海視察記】
2011.6.16 ~ 2011.6.19
 
 
さて、私は6/16~6/19の間、上海に行ってまいりました。 
目的はなんぞや・・! 
それはズバリ、中国上海にて『上海ファスナーエキスポ2011』というファスナー(締結部品全般)の見本市が開催されるからであります。

当社も割ピンを製造している立派な「マニュファクチャー」ですので見に行かない手はありません。 
今や日本のネジ業界は安価な中国製、台湾製、インド製など、さまざまな新興国からの輸入品にメッタ打ちにされております。 
割ピンに関してはどうか・・・。

とりあえずはご安心ください。

我が社の割ピンと、その他新興国生産の割ピンの品質の差は歴然です。

新興国の割ピンは、言ってしまえば【穴に入ればよい】レベルです。

当社の割ピンと比べて、どれほど品質の隔たりがあるのかと言いますと、例えば自社のホームページ上に平気で腹ぶくれの割ピンを掲載しているようなレベルです。(これはおそらく、キャリア巻きの半丸線をクセ直しをせずにそのまま成型しているからだと思います。)

「穴に入る割ピン」レベルならまだマシなほうで、箱を開けたらゴミが混入しているとか、「基本的に脚のネジレは自分で直して使うのが前提」など、あり得ない話を耳にしたこともあります。

ちなみに腹ぶくれ割ピンなど、当社では検査の段階で『不適合品』として廃棄するものです。

では、余裕綽々でかまえておればいいのかといえば、決してそうではありません。

ネジやボルトがそうであったように、途上国だと見下していた国がいつの日か日本製割ピンと同レベルの物を作って日本に乗り込んでくるかもしれません。

来たるべき日のために防衛線を張るべく現地を調査しておこうという、いわば敵地視察なのです。

私は平成の小野妹子となって煬帝(ようだい)に国書を叩きつける覚悟で行って参りました。



 
というわけで、いつも取引でお世話になっているIさんにいろいろと手続きをしていただきまして、無事、現地に到着。
 
 

2日目からいざ出陣! 
ここがその会場。
 


 
1階は工作機械の展示です。

2階と3階がファスナーの展示会場になります。
 
 
 
 





さまざまなメーカーが出展しておりまして、中国以外にも、日本、台湾、韓国、タイなどさまざまな国の企業が自慢のネジやボルトを披露していました。
 


そしてお昼になると客がいてもおかまいなし。

なんと机で弁当を開けてその場でメシをほおばっております。 
・・なんという国民性(笑)
 

3日目は現地の工場視察です。 
猛烈な悪路を2時間ほど爆走。
 
 
 
つきました。
 
 
 
オフィスは新築のようで、まだピカピカです。 
 
 
 
 
 
ド派手なオープンセレモニーになぜかワケもわからず参列するハメになり、日本のバブル時代を髣髴とさせるようなムダな演出にしばし唖然・・。
 
その後は、工場を見学させてもらいました。

そこで見たのは・・

想像してたよりも格段にレベルの高い設備・・!
 
 
 
  






だだっ広い敷地にボルトホーマーがこれでもかというくらい並んでおります。

思ってたよりも格段にデッかい設備に圧倒されました。

さて、ネジ関連の話は一旦置いといて、現地で見たこともここに綴っていきたいと思います。
 


 
実は15年ほど前にも一度、観光で上海を訪れたことがあります。 
そのときの感想は、その1年前に行った香港より経済発展は10年は遅れてとるな・・と正直思いました。 
しかし、成長著しい中国。 
ここ上海も例外ではなく、高層ビルがかなり増えていました。 
聞くところによると、現在、上海の人口は2200万人だそうですが、10年位前までは半分くらいだったとのこと。 
短期間で人増えすぎでしょう・・。 
それだけ、経済が発展したということでしょうか。 
出稼ぎで一時的に住む人がドッと押し寄せているようです。 
しかし、上海の戸籍関連の決まりごとは相当キビしいらしく、例えば、農村部に住んでいる人が上海に移り住むことは出来ないそうです。 
都会で働く人は会社でノウハウを身に付けたらサッサと独立します。 
そこからさらに成功すれば財を成すことが出来ます。 
でも、農村部出身者はなかなか貧困のスパイラルから抜け出せません。 
だから互いの格差は広がる一方なのです。

あと、都会的な高層ビルは多いですが、街そのものはどんよりと小汚いです。 
舗装されているアスファルトもところどころ撓んでいるので、そこにはゴミがたまり、水溜りも出来ます。 
そして、現地の人間は平気でそこらにゴミを捨てます。 
特に多いのがタバコの吸殻。 
中国で携帯灰皿を普及させたらノーベル平和賞モンだと思ったのは余計なお世話でしょうか。

つづいて自動車・バイクです。 
 


 
まず自動車。 
中国でのタクシーはフォルクスワーゲンの「サンタナ」が圧倒的に多いです。(てか、ほとんど全部) 
タクシーだけではなく、一般人が乗る車もワーゲンがダントツで多いです。 
フォルクスワーゲンは中国で国外の自動車メーカーとしては最初に合弁企業を設立したメーカーであり、そういう意味でも中国人にとってワーゲンは【国民車】みたいなものです。 
インドにおけるマルチ・スズキみたいな感じかな? 
自動車のシェアは体感的に

ドイツ車4:日本車2:中国車2:アメ車1:フランス車0.5:韓国車0.5

という感じでした。 
見た感じ高級車として人気が高そうなのは、アウディ、ベンツ、レクサス、BMW・・だいたいこのあたりです。 
遠く離れたUAEのドバイでは体感7割が日本車だったことを思うと、なんとも寂しい上海の日本車事情です。 
ちなみに上海で車のナンバーを取得しようとすると、なんとその経費は・・中古車一台が買えるほどのお金を払わないといけないようです。 
これにはビックリ! 
しかも、農村部の車のナンバーでは上海に入ることが出来ないとか、にわかに信じがたい法律があるようです。 
渋滞を未然に防ごうとする試みなんでしょうが・・いずれにしろ日本ではちょっと考えられないです。

続いてバイクです。  
 
 
 
 
バイクといっても国がまだまだ発展途上なだけに、バイクを【趣味】として楽しむ余裕はないようです。 
なのでバイクといえばスクーター。 
スクーターといえば「足」です。 
足扱いの汚いバイクが街には氾濫しておりましたが、人口に比べて台数自体はそこまで多くないように思いました。 
なにせ、3月に行ったベトナム・ハノイはどこを見てもスクーターだらけでしたので、そっちのインパクトのほうが大きかったからでしょうか。 
思ってたよりは少なかったです。 
趣味としてのバイクは根付いていないと言いましたが、リッターバイクの存在自体は知っているようです。

おもちゃ屋にはホンダのCBRやスズキのGSX他、ドゥカティやハーレーのプラモデルが売られていました。 
インドネシア出身(華僑)でネジの卸問屋を営む黄さんに 
「バイクは何乗ってるんだ?」 
と聞かれたので、 
「ヤマハの1700cc。あとミドルクラスのカワサキとホンダ!」 
と言ったら、目をむいてビックリしていました。 
ちなみに黄さん曰く、インドネシアではそんな大きいバイクは登録できるかどうかわからないとのことです。

最後に、冒頭の上海ファスナーエキスポを視察して感じた事を。

正直な感想を言わせてもらいますと、ネジ関連の生産はもはや完全に新興国の【お家芸】になってしまったといってもいいでしょう。 
人件費が格安というのは言うまでもなく、納期、品質においても日本と殆んど差がないレベルにまで達しています。 
我々日本の町工場がネジ関連で生き残っていくには・・高精度、徹底した品質管理、短納期というのは必須条件です。 
それとプラスアルファ【ブランド力】【高付加価値】という要素がなければ、新興国のネジに対抗するのは不可能でしょう。

もはや「作っていれば買ってくれる」という時代はここ日本においては過ぎてしまいました。 
日本のネジ会社は今直面している荒波にどう向かっていくべきか・・各社が生き残りをかけてその方法を死に物狂いで模索しなければ順々に死んでいくだけの運命です。 
幸い、我々日本のメーカーに求められているものはまだまだあります。 
それは製品自体の質であったり、企業としての信頼性、業の緻密さであったりもします。

今回の上海視察を経験し、もう一度、原点に返って「日本らしいものづくりとはなんぞや」ということを真剣に考えなければならないと感じた次第であります。 

以上、イッセイの上海見聞録でした。
 


イッセイ

2013.02.27

イッセイ企業視察の旅 第一夜 ベトナム編

 皆様、お久しぶりです。

私、イッセイですが、3月の4日から1週間ほど、インドに行ってまいります。
これまた目的は日系企業の視察でありまして、某二輪メーカーさんや某家電メーカーさんの現地工場を見せていただく予定になっています。

この度の世話をしていただくのは大阪府工業協会様です。・・スミマセン。私そちらでセミナーや技能講習を受けたこと一度もないんですが・・(笑)

「どなたでもかまいませんよ」とのお返事をいただいたので、頑張って行ってまいります。

この目で見るものすべてを今後の旭ノ本金属に活かしていきますよ!

 
さて、インド視察に行く前に・・旧ブログであげていました海外視察記を三夜連続でアップしていきたいと思います。

正直、何の役にも立たない内容ではありますが、私がこの目で見て感じたことをそのままストレートに書いていますので、市販のガイドブックには書かれていないリアルな見聞録になっていると思います。


 
第一夜は今から2年前に訪れた「ベトナム」です。

 肩肘張らずにお付き合いください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【ベトナム視察記】

2011.3.3 ~ 2011.3.6


 
行ってきましたベトナムへ!

なぜ行ったか、目的は何か。

実は、姫路機械金属工業会50周年記念の特別企画で「姫路の企業の現地ベトナム工場の視察に行きませんか?」という計画がありまして、「田路さんも参加しませんか?」とお声をかけていただいたからです。
二泊四日というなかなかしんどいプランですが、海外の工場をナマで見る機会なんてそうそうあるとも思えませんし、将来会社を良くしていくには絶対に見ておいて損になることはないと思いましたので勢い勇んで手を挙げさせていただきました。

結果から言うと非常にいいものを見させていただきました。

新興国の人間がサボらず真面目に働くのかと半信半疑だったのですが、正直言いますと「日本人以上にまじめに働いているではないか!」と感じた次第です。

目からウロコ、非常に感心させられました。




 
さて、現地工場で見た「5S活動」や「GENBA KAIZEN TEIAN」を書き連ねても面白みに欠けますし、企業秘密な部分も多々ありましてまともな記事に仕上がりそうにありません。

ですので、本ブログではベトナム滞在3日間で見たベトナム人の生活や習慣を書きたいと思います。 
あと、現地工場の社長さん(日本人)、ベトナム人のガイドさんから聞いた話も非常に参考になりましたので、それも含めて書いていきたいと思います。

さて、この【ベトナム社会主義共和国】ですが、・・行くちょっと前まで知りませんでしたが、名前のとおり社会主義国家なのです。 
社会主義国家といいましても、政府自体が非常に柔軟性のある考えをもっております。 
実は独立という形をとるうえで「非資本主義」のスタンスを貫く必要があっただけでどちらでもよかったというのが本音だとかなんとか・・。

ベトナム男児の人生の重要な柱は「1・2・3・4」。

1 は1人目の宝である妻。つまり「結婚」

2 は妻以外2番目の宝である「息子」

3 は3階建ての「家」を持つこと

4 は4つのタイヤ。すなわち「車」を持つこと

・・だそうです。

1と2はさほど難しくないと思います。

実は3と4がすさまじく難易度が高いです。 
本当にベトナムでこれを達成できるのはどれくらいいるんだろうかと思うくらい難しいです。
どれほど難しいか書いてみます。

まず3の「家」。 
これは土地付きの3階建てを意味しますが、さて、これを郊外におっ建てるのにどれくらいのお金が必要だと思いますか? 
聞いてビックリしました。

なんと平均3000万円だそうです!!

日本円に換算してこの価格です!

日本のそこらの家より高いです!

我々日本人の貨幣価値から換算しますと20億円くらいの感覚でしょうか。 
とてもじゃないけど手が出ません(笑)

ちなみに1室レオパレス大のアパートを借りるのにかかる費用は月に30万円だとか。

シャレにならんゾ~。

なぜにそんなに土地が高いのかと言いますと、簡単に言えば土地バブルだからです。 
事実、物価は年々上昇中で、去年対比でもすでに20%のインフレ率だそうです。 
なので今回行ったタンロン工業団地内でも今年に入ってすでに3社でストが発生した模様。 
インフレおそるべしです。 
ちなみに現地工場の社長様が持っていらっしゃるゴルフの会員権・・ 
7年前買った時には300万円でしたが、それが今では1200万円だそうです。

4の「車」。 
ガイドさん曰く、ベトナムでやっぱりステータスはなんといっても日本車だそうです。



 
走っている車の8割がたは日本車(大半が型落ち)で、韓国ヒュンダイ車は安価な格下車扱いです。 
今回泊まった2つの高級ホテルはそれなりに所得の高い人がいたようでBMWのX5やポルシェ「パナメーラ」が止まってました。 
ちなみにTOYOTAが世界戦略車として位置づけしている「カムリ」は日本円にして約800万円だそうです。 
やはり手が届かない高級車扱いだそうで、レクサスはそのさらに上の存在なのだとか。 
最後の日に行った日本料理店の前には我が愛車と全く同タイプのフェアレディZが止まってました。
 


これも私たちの感覚からすると3000万円くらいのスペシャル高級車なのか・・?

さて、最後はベトナム人の「アシ」と交通マナーです。


 
今から20年ほど前のベトナムでは「ホンダ」といえばそれはすなわちバイクのことでした。 
それほどまでにホンダのバイクが普及していたということです。 
これはホンダがベトナムにおいて早くから二輪の普及に力を入れていたからと言われており、耐久性、燃費、価格・・どの面においても他の追随を許さなかったからです。 
事実、街を走っているバイクの95%はホンダのバイクでした。 
他に見たのはヤマハとスズキでした。(かなり少数)

バイクを「趣味」として見る余裕はまだないようです。

日本は400ccなどという世界で孤立したガラパゴス規格で普通二輪免許という区分を設けており、庶民の「アシ」である原付も同様、50ccなどというガラパゴス規格で抑え込んでおりますが、世界の「アシ」は125ccが主流というのは世界のバイク事情に多少詳しい方なら常識だと思います。 
ベトナムも例外ではなく、主流は125ccのスクータータイプが大半です。(というか、ほぼ全部)
 
 
 
先っちょの尖がったデザインがナウいようで。

続いて交通マナーです。 
実は参加表明をしたのが去年の11月頃だったのですが、申し込んでから1週間後くらいにたまたま『マヨブラジオ』という土曜の深夜番組でベトナムのロケをしてる企画がありました。 
漫才コンビ『ダイアン』の2人が現地を訪れて一番絶叫していたのが、横断歩道のシーンです。 
車とバイクを無理やりかき分けて道路の反対側まで渡るという壮絶なもので、通訳さんにしがみついて渡っているのがとても印象的でした。 
実際に現地の人もよく事故に遭うそうで、過去には日本人観光客が事故で死んだという話もあるくらいです。

どんなもんか・・とりあえずコレを見てください。
 
 
 
 
 




  




メ・・・メチャクチャやがな・・・。

ノーヘル、片ポッケスタイルから、スペシャル過積載は当たり前。

ケータイで話しながら走行する者や、メールを打ちながら走っている猛者までいます。

2ケツは合法ですが、3ケツは違法です。

なんと4ケツの豪傑まで存在しました。

他にも歩道走行、逆走、信号無視・・等々、バイクを使ってこの世で実行できることのすべてを見たような気がします。 
ホンダ製バイクの耐久性についてベトナム人に喋らせたらきっとこう言うに違いありません。 
「わ し が そ だ て た 」(笑)
 
 
街全体は土色で清潔な感じはあまりありませんでした。

しかし、そこに暮らす人々はパワフルで活気に満ち溢れています。

ベトナムは戦争の後遺症で今でも北(ハノイ)と南(ホーチミン)であまり仲良くないようです。

しかし、まだまだ延びしろは未知数だと思いますし、潜在能力は測り知れません。

街をバスで走っている時、見える民家のほとんどで国旗が立っていました。
ベトナム人の内に秘めた愛国心がそれだとわかりました。

どうか足を引っ張り合わずに手を取り合ってベトナムという国を大きくしていってもらいたいと思います。
ベトナムに栄光あれ。
 
 
以上、イッセイのベトナム見聞録でした。

2012.12.04

株式会社 旭ノ本Tシャツ工業所

 皆さんお久しぶりです。

最近私は個人でこんなものを作ってみました。

 
なんと!・・(株)旭ノ本金属工業所のオリジナルTシャツです(笑)

あの・・言っておきますが社内ユニフォームではありませんよ!

街着です。そう!ストリート対応のファッションTシャツなのです。

どうですか!間違いなく世界初であろう「割ピンTシャツ」です!!

 
自社の製品をTシャツにデザインするなんて・・割ピンに限らず、例えばネジだとかドリルだとか無機質な工業部品を街着Tシャツにデザインしようなんて、あまりにもベクトルが違い過ぎて誰もやろうとしませんよ普通・・。

だからこそその【隙間】に価値があるわけでして、「よし、やってやろうじゃないか!」と火がついてしまい、出来上がったのがこのこだわりのTシャツです。

普通の割ピンだけ並べても面白くないな、と思いまして今回、特殊割ピンさんにも多数登場していただきました。

当たり前ですが、この特殊品はすべて当社のラインナップです。 一般ユーザー様はおそらく目にされたことがない割ピンばかりではないでしょうか。

実は当社はこんな「変な」割ピンも製作しているんです。フフフ(笑)

ちなみにラフ画を元にデザイナーさんにデザインをおこしてもらったのですが、波型割ピンのコブの盛り上がりにこだわりすぎてそこだけ修正のオンパレードでした。

挙句の果てには「イラストではわからんので実際の図面をください」とまで言われる始末です。

本当にスミマセンでした~!!


 
さて、私の周りには物好きな友人が多数おりまして、級友たちとの忘年会の席で「今、割ピンTシャツを企画しとるんや!」と言いましたら 「あ、それ欲しい!ナンボや!?」 と、食いつくわ食いつくわで、結局、旭ノ本の社員でもない友人(笑)数人がこのTシャツを買ってくれました。

小ロットなので結構な値段したんですが・・。

個人のバカげたお遊びに全力で付き合ってくれる友人がいるってのは~幸せなことですね。

感謝!

 
今回、Tシャツボディは耐久性と着た時の動きやすさを考慮して5.6オンスの生地をチョイスしました。

次回ロットはバイク乗車時のバタつきを軽減させる方向で、もうちょいガッツリ生地の6.2オンスで製作してみようかと思います。

また気が向いたら第二弾も企画したいと思います。
 
当たり前ですが、好き好んで着る人はいないと思いますので今のところ市販の予定は・・ありません(笑)

ではでは~。

イッセイ



 
企画段階のラフ画。

2012.08.14

載りました(笑)

 8月 11日発売のミスターバイクBG 9月号の【愛の絶版車生活】のコーナーに私が載っております。

興味ある方は是非チェックしてみてください。
 
また後日、裏話も書きたいと思います。
 
イッセイ


2012.04.25

近況報告

 のらりくらりとマイペースを貫いていましたら、ついに独身のまま30歳に突入してしまいました。

これは29歳最後の日曜日。愛車と記念撮影です。
 

そしてガレージはこの有り様・・。奥の3台は現在不動車です(笑)
 
30歳の大台に突入したのを記念してめでたく実家を追い出さ・・・いや、一人暮らしを始めた私ですが炊事・洗濯に慣れず四苦八苦している今日この頃です。

近所に1個18円でコロッケを売っているスーパーを見つけまして、二日に一回はそこのコロッケにお世話になっている次第です。

どうかそのまま値上げしないでください。

これがなくなったら私死んでしまいますので・・。


 
これが一人暮らしをはじめたアパート(ハイツ?)です。

築2年ほどですので非常に綺麗です。(この部屋は私で2オーナー目だそうです)
 
まだ新しい環境になじめず違和感ありまくりなのですが、そのうち「住めば都」になるのかな?なんて思いながら今はとりあえず引っ越しの後片付けに追われています。


 



 
(先日紹介いたしました【増えすぎた腕時計コレクション】も無事、フィギュアラックに収めることができました)
 
それとは関係ありませんが、先日工作場の棚を整理していたら、スゴイ物を発見しました。




この缶です。当社工場の中にある製品・機械・部品・備品すべての物の中でも最も古いモノではないかと思います。

創業当時、当社がリングトラベラーを製造していたということは沿革にも触れておりますが、そのリングトラベラーを輸出する際に”小箱”として使用していたと思われるのがこの鉄の缶です。

当社は黎明期に社名が2、3度変わったのですが、その最初の商号がこの缶には記載されております。

昭和59年に旧本社のあった日ノ出町から現在の花田町に移転してきましたので、基本的に設備や重要書類以外の備品関連なんかはゴッソリ処分されたハズなんですが・・この缶だけは奇跡的に【予備ヒューズ入れ】として使命を与えられ、そのまま棚の奥で数十年生きながらえていたようです。

ちなみに1930年代~40年代前半の物だと思われます。

当社の軌跡を語るうえでは欠かすことのできない大変貴重な資料です。

現存するのはおそらくこれのみだと思いますので、大切に保管しておきます。

 
以上、近況報告でした。


 
イッセイ
 
 
 
 
おまけ(笑)【カスタムバーニング】2012.6月号

2012.03.23

腕時計の小部屋

 最近特にネタがありませんので、今日はイッセイの腕時計のコレクションをお見せします。

実は私イッセイは腕時計が大好きでございます。
腕時計好きが高じて時計屋で働いたことがあるくらいだから、相当「バカ」であるということは間違いないでしょう。  今年に入ってからもすでに5本買いました。 
実用としてではなく、あくまで収集が好きなんですね。
ピーク時には120本くらい持ってました。
新・旧・低級・高級・デジタル・アナログ・クォーツ・機械式・音叉式・・・・・。
増え続ける腕時計の世話に限界を感じ数年前に結構な数を処分しました。
今では60本くらいに収まってます。(それでも多い・・笑)そんな中から今日は数本をピックアップしてご紹介しましょう。
 
 
 
 
●ベスト1番永く使っている部門
●ベストタフすぎる部門
●ベストオンオフともにマルチに対応できる部門
 
CASIO G-ショック DW-5600E(国内モデル)

見事、3部門に同時入賞です。
コレは旧ブログの方でも一度紹介させていただきました。
G-ショックだけでも5本は持ってますが、ヘビーユースしているのはこれ1本のみ。
これは本当にがんばってくれてます。
数ある時計の中でも10年近くという一番永い付き合いです。
ベルトは交換され、モジュールは入れ替えられ、もはや何がオリジナルだったか、自分が何者であったかを忘れてしまった孤高のタフガイです。
コレクションがすべてなくなっても最後まで自分の腕にいるのはこの時計かな、と思います。
 
 
●ベスト一番デザインがクールだと思う部門
 
SEIKO クロノグラフ 6138-8040


 
セイコー自動巻きクロノといえば1970年代に活躍した6138系ですね。
私が集めてる腕時計は大体このあたりのやつです。
6138系だけでも10本はもってます。(またか)
その中でもこのパンダクロノのデザインは秀逸です。
シンプル&スパルタンな面構えは私の中では間違いなくナンバーワンデザインです。
永久秒針はございませんので、意味もなくクロノグラフ針をまわしておくのがベターです。 
 
 
●ベスト一番値段が高かった部門

TUDOR クロノグラフ 79170 



「ローレックスが買えない貧乏人にローレックス気分を味わわせてやろうか」とロレックス創設者のハンスウィルスドルフが言ったかどうかは知りませんが、とにもかくにもロレックスの販路拡大のためにロレックスのデフュージョンブランドとして生まれたのがこのチュードルです。
これは90年代初期に製造されていた俗に言うカマボコケースといわれるモデルです。
まだロレックスのパーツが流用されていた時代のもので、リューズや裏ブタには王冠マークが思いっきり刻印されています。
5年位前に買ったものですが、当時360,000円くらいしました。
「この回転ベゼルのタイプが一番カッコエエな~」とずっと思っていたんですが、実はタキメーターモデルの方が圧倒的に人気があるらしいことに最近になってようやく気づきました。笑
 
 
●ベスト一番重い時計部門

OMEGA シーマスター クロノクォーツ




俗にいう「モントリオールモデル」です。
1976年のモントリオールオリンピックを記念して製造されたもので、裏ブタにはデフォルトで五輪マークが刻印されています。
まだ、クォーツ時計が高価だった時代のもので、それを象徴するかのごとく文字盤にはクォーツの振動数をあらわす32KHzという当たり前のことが堂々と書かれています。
ステンの無垢ですので超重いです。
20kg位あるんじゃないかというくらい重厚感満載です。
このモデルはお気に入りでよく使用していたんですが、ツーリング途中にゲリラ豪雨に見舞われて以来、すこぶる調子が悪いです。

なので今はお蔵入りです。
右はアナログ表示の時計です。
では左の窓はなんでしょう。
答えは100分の1秒まで計測できるクロノグラフです。
難解で未だに使い方をマスターできてません・・
 

●ベスト1番デカイ時計部門

SEIKO クロノグラフ 6138-0071 



やはり70年代に活躍した6138の登場です。
通称「ウマ」「ツノ」。
どちらを通称に使うかはアナタにおまかせします。 笑
見てのとおりリューズやプッシュボタンの類が時計本体の上に配置されているという変わったデザインの時計です。
90年代に入り「ALBA」ブランドの「AKA」シリーズからこのモデルを模した復刻版が出ましたが、当時それを買った人の中でこのオリジナルの存在を知っていた若者は何人くらいいたんでしょう。
実はこのモデル、先に登場した6138のムーブを90度回転させたモデルなのです。
しかし、デカイです。
デカすぎる。
何がデカイかといいますと、ガラスの厚さもさることながらケース自体の厚みが15ミリくらいあります。
下手すると手首の半分くらいの厚さのものが腕にくっついているということになりかねません。
当時の人はこんな重たい時計を日常使いしていたようですが・・・腕疲れませんでしたか?
 
 
●ベストこんな時計があったのか部門

SEIKO ベルマチック 4006 



多少時計に興味がある人でも、「このあたり」の時計に興味がない人には「こんなオモロイ時計があったんか!」と目からウロコの変わった時計が1970年代のセイコーに存在します。
その名もベルマチックです。
なんとアラームがなります。
「え?そんなの普通じゃん」とガッカリすることなかれ。
この時計はクォーツじゃありません。自動巻きです。
なんと小さいベルが内蔵されており、ゼンマイを巻いてセットしておきますと時限の到来とともに「ビリリリリリ~ン」という小さい音が鳴るカラクリチックな時計なのです。
ミニッツリピーターというウン千万円する腕時計の存在はご存知かと思いますが、実はこのような安価な時計にもベルつき機能は存在したんですね。
ちなみに国産初のベルつき時計はこのベルマチックではなく、シチズンから発売された「アラームデート」というモデルです。
音はベルマチックとは少し違って「ジィィィィィィィ~」というセミの鳴くような哀愁漂う音がしました。
・・と、まあこんな感じで紹介しましたが、いかがだったでしょうか。
正直、もっといろんな時計を紹介したかったんですが、行方不明やブッコワレ等々、なかなか人様にお見せできるような代物が見つからず、適当な感じで流してみました。
また、機会がありましたらいろんな時計を紹介していきたいと思います。 

最後に・・
 
一度、友人に腕時計の魅力を語ったことがあるんですが、
「オレは立派な時計を持ってるから腕時計なんかいらんぞ! 」
と、凄まれました。
 
私が
「え?ケータイの時計か?」
と、訊きましたら、彼は力強くこう答えました。
 
 
  「ハラ時計!」
 
 
 
 
 
 
ではでは~。
 
 
イッセイ

2012.01.30

ケータイマナー考察



 私には、ケータイショップ(a社)で店長を務めている友人がいます。

その友人が年末に
「そろそろスマホに替える予定ない?」
という連絡をしてきました。
私は即答で
「ない。超ない」
という味気ない返事をしました。
しかし、食い下がる友人。
「そんなこと言わんと!色んな機能あるし便利やで!なによりカッコイイ!」
と言って、さらにセールスをかましてきます。
ノルマが厳しいのか・・・?

結局、
「また必要になった時はよろしくな」
と伝え、おとなしく引っこんでもらいました。

・・・だって「スマートフォン」ですよ?

スーツをパリッと着こなしている丸の内のホワイトカラーが使いこなすっていうなら「サマ」にはなりますが、私のような手が油まみれの現場人間の立場では、偉大なるスマートフォン様の画面に触れることすら憚られます。
それに、スマホが便利なのは百も承知ですが、まだまだ未成熟な部分があるなと感じるのも事実です。
私はまだまだ「ガラケー」で十分かなといった感じです。

ちなみに今の機種は3年近く使用しています(笑)

さて、前置きが長くなりました。
本日のブログは、年末年始にユーザー様のところにお伺いした際、移動中の新幹線の中でふと疑問に思った「ケータイマナー」について書き連ねたいと思います。
「電車の中でケータイを使うことにどういったマナー違反の要素があるか?」ということを深く深く考えてみました。

電車に乗っている最中にケータイに電話がかかってきたとします。
「あ、ハイ、今電車の中ですのでまた降りたらこちらからかけなおします。」
多分、電車の中で電話に出ることがマナー違反だという認識がある人は、その場でとりあえず、後でかけなおすことを伝えて電話を切ると思います。
たしかによく見る光景です。

しかしです。
その横にいるおばちゃん3人組が車両内全体に響き渡るバカデカい声で世間話をしているとしたら、他の乗客にとっては果たしてどちらが本当の意味での「迷惑」にあたるでしょうか。

不思議だと思いませんか?
おばちゃん達が大きな声で喋っている場合、せいぜい「声がデッカイおばちゃんやな~」と、思うだけで、世間的には【マナー違反】とは言わないハズです。
しかし、ことケータイに関してはいくら小声で周りに迷惑がかからないように話をしても【マナー違反】というレッテルを貼られてしまいます。
足踏みしたり床を転がるわけではありません。
会話自体は省スペースで行えます。
そこそこ混んでいる車内で、新聞をおっぴろげているサラリーマンのほうがよっぽど迷惑ですがこれもいわゆる【マナー違反】にはあたりません。

「何人も電車内では無言に徹すること」というような法律があるわけでもないのに、ケータイに出ることが悪になる理由などないと思うのですが・・。

なぜそうなってしまったのでしょう。

まず、携帯電話普及期に車内であったこの放送・・

「携帯電話のご使用はペースメーカーの誤作動を引き起こす恐れがありますので、電源をお切りくださいますようお願いします」

聞き覚えがあると思います。
そう、車内での『ケータイ禁止発令』はもともとペースメーカーの誤作動を防ぐという目的でマナー化したものだったハズです。

しかし、通常の使用において、ケータイの電波で心臓に埋めてあるペースメーカーが誤作動を起こすなどということはまずあり得ないないということがわかりました。
(数センチの距離にまで持ってこれば誤作動の可能性もあるということだそうですが、その場合、まさに心臓の真横とかそんなレベルの話だそうです)

ここで一つの「歪み」が生じました。

毎日毎日電車で通勤するお父さんを例に・・
呪文のように脳に刷り込まれた車内マナー条項の中から、いつの間にか「ペースメーカー」という単語が置き去りになり「電車の中で電話に出ることがいけないんだ!」という認識に切り替わってしまったと思われます。
一方、鉄道会社はどうか・・
携帯電話普及期から10年以上にわたって「携帯電話のご使用はペースメーカーの誤作動~」云々という放送を流し続けて、『車内ケータイ=マナー違反』というルールを作ってしまった手前、いまさら車内ケータイを『合法化』するわけにもいかず、とりあえず「周りのお客様に迷惑となりますので・・」という文言に摩り替えて、体裁を整えているというところでしょう。
つまりペースメーカーの誤作動を防ぐという目的での【マナー違反】だったのですが、その大義名分がなくなった今、「車内でのケータイそのものがマナー違反ですよ!」ということにしちゃったわけです。
ケータイにだけに限定して車内放送をしているこの現状・・ハッキリ言ってしまえば『車内ケータイ=マナー違反』の図式は何の根拠もないということがわかります(笑)

しかし・・!

車内でケータイに出られベラベラ喋られるとイラッとします。
相手はむしろ普通の会話の声より小さい声で喋っていますが・・それでも私たちはイライラします。

なぜでしょう。

ここからは私の単なる憶測です。

イライラする理由、それはズバリ、「第三者目線では、それが会話として成立していないから」だと思います。
つまりデカイ声で喋っているおばちゃんたちの会話に関しては、双方のやり取りがしっかり聞こえるわけであって、聞きたいか聞きたくないかは別にして一応内容は判別できるので耳に入ってくる内容はシャットアウトすれば済みます。
しかし、一方の会話しか聞こえない場合・・電話で話している本人以外の周りの人間は『蚊帳の外』状態なワケです。
例えば、自分とA君とB君の3人で食事に出かけたケースで言いますと・・小学時代から仲良しのA君とB君が小学校の時のことについて話をし出したら、こっちはどんな気分になるでしょう。
自分の知らないことで2人の間で勝手に盛り上がられると、おもしろい・おもしろくない以前に不愉快になると思います。
まさに『蚊帳の外』です。
それと同じような現象が「ケータイで会話する人」・「それ以外の周りの人」という形で再現されているのではと思うのです。

実はウォークマンが出たての頃に、今述べました【車内ケータイマナー事情】に似たようなことを体験したという方がいらっしゃいました。
その方曰く、「電車内ではウォークマンの使用を控えましょう」という暗黙のマナーが確かに存在していたというのです。
表向きはイヤホンから漏れるシャカシャカ音が周りの乗客に迷惑になるという大義名分だったそうです。
しかし実際には英会話のリスニングテープを聞いているだけなのに注意をされたりとか、電池が切れてそのまま耳にイヤホンを差しただけという状態にもかかわらず、肘で小突かれたりしたとか・・。
平成の今、こんな意味不明なことで注意でもされようものなら、場合によっては流血の惨事が展開されることは容易に想像できます。

ケータイの話にしろ、ウォークマン話にしろ結局は
「 電 車 内 で 他 の 人 と 違 う こ と を す る な 」
ということなのでしょう。

余談ですが、車内で【ゲームボーイ】をするのもマナー違反だと考える人もいるようです。
音が鳴っていなければ誰の迷惑にもなっていないんですから「マナー違反だ」なんて身勝手な持論を振り回される筋合いはありません。
もしそんな人に出会った場合、こう言ってあげるのはどうでしょう。

「これ、電池で動く文庫本なんですよ」

ちなみに外国では、電車内でも飲食店でもケータイは当たり前のようにみんな使っています。

私が知る限り「公共の場で電話を使ってはダメ」なんて言ってる国は日本しか知りません。

ケータイの機能が特化しすぎて世界の舞台ではまるで通用しないという日本のケータイ機種。

特異な進化をとげた日本のケータイ事情を諸外国では「ガラパゴス諸島」と呼んでいるそうです。

実はマナーにおいてもガラパゴス的な要素が垣間見える日本のケータイ事情です。

今回はそんな日本独自のケータイカルチャーについて私目線で語ってみました。

ではでは。



イッセイ
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