社長&スタッフブログ

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2013.03.16

夜明けのインディア 前編

 さて、今回は大阪府工業協会様の企画【インド 工場&市場視察研修】に行ってまいりました。

 
「インド」って聞くと「カレー」とか「象」とか「ヨガ」とかいろんな言葉を連想するわけですが、
経済全般に関するイメージっていうのはなぜかあまり頭に浮かんできません。
どちらかといえば田園風景が一面に広がっている農業国といったイメージのほうが強いような気がします。
しかし、昨今の中国の反日運動に見るチャイナリスクの露呈、そして12億の人口を抱える巨大市場という観点から、急速に日本企業が進出を加速させている国であります。
いや、日本だけではありません。
いまや世界中の国から注目を浴びているのです。


貧富の格差、カースト制度の名残、民族間でのあらゆる障壁・・インドにはさまざまな問題がありますがそれらを丸呑みにしながらひたすら猛突進しています。
とにかくものすごいパワーを感じました。



初日に南のチェンナイに降り立ってから3日目には飛行機でデリーまで移動。
間間はひたすら悪路の走行。
5時・6時起床は当たり前、車での移動だけでも1日に平均300キロという過酷極まりない視察でしたが、見るものすべてがファンタスティックでエキサイティングで、なによりクレイジーでした。
今回、お邪魔させていただきました日系企業ですが

・㈱ヨロズ 様 (自動車用サスペンション、その他関連部品)
・㈱ミツバ 様 (二輪・四輪用ジェネレーター、ファンモーター)
・ダイキン工業㈱ 様 (空調設備)
・パナソニック㈱ 様 (空調設備、洗濯機、溶接機)
・本田技研工業㈱ 様 (小型二輪車)

以上、5社です。

本ブログでは見学させていただきました個々の企業様についての詳しい報告はしません。
工場内は撮影禁止ですから、どこの設備がどうだったとか説明のしようがありませんし、大々的に公表するような内容ではないデータもあります。

現地ガイドさんや、各企業様で聞かせていただきました現地の習慣や特徴などを総合的に書いていきたいと思います。
企業視察レポートではなく、あくまでイッセイ個人が見た・聞いたの「インド珍道中」というノリで読んでいただければと思います。
「なんじゃ~!ジェ○ロの報告書のほうがよっぽど出来がエエやないか!」といった当たり前のクレームはカンベンしてください(笑)




あ、自動車・バイク関連については当社も大いに関係ありますし、個人的な趣味も絡んでおりますので、そこだけは見た・訊いたの内容も大きく絡めて書きたいと思います(笑)

さて~、イッセイはインドで何を見てきたのか~!

イッセイのインドテキトー見聞録はじまりはじまり~!
 


 
インド共和国――
改めておさらいしていきましょう。
人口は12億人と中国に次ぐ世界第2位の大国です。
毎年、爆発的に人口が増加しており、一人っ子政策を布いている中国を抜かして人口世界1位になるのはもはや時間の問題です。




国土は日本の面積の約8倍です。
赤道近くの暑い国というイメージはおおむね間違ってはいませんが、インドの北部に位置するデリーでは冬になると5℃くらいまで気温が下がるという意外な一面もあります。

州をまたぐとまったく違う言葉が話されることもあり「インドはひとつの国にしてさまざまな国が存在する」とまで言われます。
公用語はヒンディー語。・・ですが、ベンガル語やタミル語など、インド全土にわたって数十種類の「公用語」が存在するのも忘れてはなりません。
イギリス植民地時代の名残から英語を話す人も大多数存在します。
街の看板には英語表記がとても多いように感じました。
一時期ITの分野で世界中で幅を利かせたのも、英語を武器に進出していったからですね。




人口に占める各宗教の割合はヒンズー教が約80%、イスラム教が約15%、他、少数派の宗教としてはキリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教の信者がいます。
我々日本人は「インド=仏教発祥の地」としてのイメージが強いですが、インドにおける仏教徒はなんと1%しかいません。
これはイスラム教の侵攻により13世紀頃にはインドの仏教はほぼ壊滅状態になったからだといわれてます。(イスラム教徒ってこんなのばっか・・笑)
ちなみに本場インドではほとんど消えてしまった仏教ですが、我が国をはじめインド周辺国では今も仏教の源流は息づいています。

本旅の現地ガイド、シャシーさん(以下、頻繁に登場)いわく「どんな都会や地方に行ってもスゴイ商売をしているのはジャイナ教の人」だそうです。

ジャイナ教。日本ではほとんど聞かない宗教です。
ジャイナ教はあらゆる殺生を禁ずるもので、信者は野菜すらほとんど口にしません。
断食の果てに死ぬことも多々あるようで、そのような究極の精神を築くことで常人には見えないものが見えてくるのだとか。
なんと後で調べてビックリ!インド人口の0.5%に満たないジャイナ教徒がインドの50%の富を有しているというデータがあるそうです。
農耕は畑を耕す際に虫を殺す恐れがあるので、必然的に商業や金融の職に就く人が多いからでしょう。
いまや、金融業がお家芸のユダヤ人を駆逐する勢いでジャイナ教徒は世界に進出しているようです。
ジャイナ教の戒律は【不殺生、真理、盗むな、執着するな、貞節】の5つ。
見えない虫を殺してしまわないように口に布を巻き、日没から夜明けまで食事はしてはいけないそうです。
これは相当厳しいですね。
私もジャイナ教に改宗すれば夜間にラーメンを食べる癖直るでしょうか。



 
シャシーさんのお話を元にインド12億人のおおまかな貧富内訳を見てみましょう。
貧富の差が少ない日本を例に出して比べるのは非常に難しいので、感覚的な表現になりますがご了承ください。

まず【富裕層】。
政治家とか役人・一流企業の重役とか一流大学出のエリート・・ここの割合がだいたい10%です。
10%といっても1億人超!日本の人口とほぼ同じです(笑)
それなりの家があり車があり、テレビやパソコン、カメラなど趣味性の高い物を買える余裕がある層です。
日本で言うと『職業=国際線パイロット 年収2500万円』みたいな感じでしょうか。
大規模農場経営者なんかもここに分類されるようです。

続いて【中間層】。
ここに分類されるのは約40%です。
今、インドで爆発的に増えているのがこの中間層。
この中間層をさらに細分化すると
【A】=大きい車(コンパクトカー以上)を買える人
【B】=小さい車(アシ用の小型車)を買える人
【C】=アシ用のバイクを買える人
に分けられます。
今回訪問させていただいた企業で言えば、キャリア1年目のワーカーですと【C】くらいに分類されます。
現地人でも優秀な技術者や工場長クラスになれば【A】クラスに成り上がれます。

そして【貧困層】。
シャシーさんは【努力している人】と表現されていました。
ここが約50%で、まだまだインドでは大多数を占める層ということになります。
個人商店経営者、農業・漁業従事者、スキルの低い単純労働に従事している人はここに分類されます。
ボコボコの自転車で通勤している人たちはまだいいほうで、農村部に行くと裸足で歩いている人なども見かけました。
生活必需品を買うのに精一杯な層で、いち早く【中間層のC】にステップアップしようと日々邁進している人達です。

そして、インドの驚異的な経済成長とともにこの所得に大きな変化が起きているということも忘れてはなりません。
貧困層から中間層に移行している人たちが年々増えてきているのです。
その数なんと年間5~6千万人です!
つまり毎年日本人口の半分ほどの人たちが中間層に移行しているということです。
この伸び率は驚異的です。
中国は一党独裁のもと鶴の一声で明日から法律が変わるような危うい国ですから、上から下までマーケットとしてこれほど将来有望な国が他にあるでしょうか。
インドという国が世界中から注目されている所以がここにあります。




では、インドにおける生活基盤のインフラ全般はどんなものなのでしょうか。
水道から電話に至るまで細かく見ていきましょう。

まず【水道】。
インドという国は平均気温の高さからもわかるように、基本的には砂漠の上にある国だと思ってください。
水というものは、人はもちろん国や社会の『要』であるといえます。
しかし、その重要度とは裏腹に水道のインフラは驚くほど未熟です。
まず地方はほぼ井戸水の使用で、水道が通っているのはムンバイやデリーといった大都市のみです。
その大都市ですら十分にインフラが行き届いているとはいえず、首都のデリーですら水道普及率はなんと25%。
それに輪をかけてインフラの基礎がメチャクチャで、末端に届いている水の量が水道局から送り出している量の半分だけというデータがあります。
つまり残りの半分は・・・土中の配管の継ぎ目から漏れているということになります(笑)
ちなみにこの水道水。
当たり前ですが、飲めません。
本視察は3日目からデリーのヒルトンホテルに泊まりましたが、一日の疲れを取るために浴槽に湯をはっていましたら・・
 
 
 
 
 
 
その湯が若干黄色かったです(笑)
 
【電気】はどうでしょう。
経済を滞りなく発展させていくには、安定した電力供給は必須です。
しかし、水道がそんな状況ですから電力インフラも総じて同レベルです。
実は本視察中にも訪問先全5社のうち実に2社で停電が発生しました。
そういった事情は「前提」なようで、いずれの企業様も電気が落ちた瞬間に社内のジェネレーターが稼動。
数秒の間に自家発電に切り替わるというシステムを作っていらっしゃいました。
しかし、自家発電の電力コストはインフラ電力に比べて2倍~3倍かかるとのことで、稼動のシフトが大変だそうです。
自家発電で毎日稼動させた場合、ラインによっては大赤字が発生する場合もあるようで、「今日はここのライン、明日からはこっちのライン」というような大まかな計画は欠かせません。
㈱ヨロズ様で伺ったお話ですと、24時間内、停電時間は実に12時間!
ちなみに他の自動車製造メーカーなどの大規模工場の場合ですと、政府との契約で優先的に電力を融通してもらえるようです。
(それって・・癒着や賄賂なんじゃねーのか?と思ったのはここだけの話です。笑)
続いて物流に大きく影響する【道路】です。
都会周辺の道路はさすがに落とし穴やたわみもなくそれなりに綺麗なアスファルトが敷かれています。
まっすぐ進む分には大した障害もなくストレスフリーです。
しかし、郊外に出るととたんに『エキサイトバイク』(1984年 任天堂)に出てきそうなたわみ・歪みの激しいコースに豹変します。
横転しそうなほどの勢いで左右に揺られるのはもちろん、小穴に嵌った時なんかは衝撃で尻が10センチほど浮きました。
本視察で一番よく走ったのがデリーからムンバイまで繋がっている国道8号線(通称NH8)です。
これもなかなか変わった道路でして、国道のクセになかなか真っ直ぐに走られないのです。
どういうことかと言いますと、ずーっと進んでいると道の真ん中にバリケードがあり、それを避けるように外側に移動しますとそこからまた真っ直ぐ道が続いているという感じです。
ではその避けたバリケードの向こう側には何が続いているのかといえば、舗装中の道路のような原っぱのような・・道なき道が続いています。




↑こんな感じで対向車線との間にはわけのわからないスペースが不等間隔で展開されております。

そのまま何キロか進んでいるとバリケードがあった元のレーンに戻ることもあれば、さらに外側の別の道に進むこともありなんだかよくわかりませんでした。
 
そして道路には車やバイク以外にもさまざまな障害があります。


トラクター。
 

行商や物乞い。
 

そして家畜。
 
家畜にはビックリさせられます。
主に牛なんですが、本当にどこにでも現れます。

例えば「こんな街中には現れんだろう」とボケーっと窓の外を眺めていましたら・・

 
 コレモンです。
 
餌を探すガリ痩せのマッドドッグ。

話が少しそれますが、ヒンズー教徒は牛を食べないのは皆さんご存知だと思います。
なぜ食べないのでしょうか。
シャシーさんのお話を聞いてなるほどと思いました。
まだまだ自動車など文明の力が存在しない遠い昔、人(インド人)は牛とともに生活をしていました。
畑を耕すのも牛の力を借りればいとも簡単にこなせますし、乳を搾れば牛乳が飲めます。
また、牛の糞は草を混ぜて乾かせば石鹸として使うこともできました。
牛は人々の生活になくてはならない存在。
つまり家族同然だったということです。
なので、先ほどの写真のように道路の真ん中に牛が紛れ込んでも決して無理やり退かそうとはしません。
せいぜいクラクションを鳴らすくらいです。




しかし、そこまで『お牛さま』を丁寧に扱っているのかといえば、特にそんな雰囲気もありませんでした。
パナソニック㈱様に訪問する道中、民家の横で野鳥に啄ばまれる牛の遺骸をみました。
周りの人たちは眉一つ動かさず、今日一日の生活を営んでいます。
よく言えば「放任」、悪く言えば「放置」といった感じでしょうか。
いや、あまりにインド人の生活になじみすぎて、彼らにとっては空気と同じような存在なのかもしれませんね。

そして【電話】。
実はインドの電話事情も日本と同じで、固定電話よりケータイ電話の契約数の方が多いのです。
少し日本の場合と違うのは、固定電話が定着する前にケータイ電話の普及スピードのほうが早かったという点です。
なので、インドにおける個人のケータイ電話の契約数は実に8割を誇る反面、固定電話の契約数は1割ほどとかなりの少数です。
ITの発展が怒涛の勢いで伸びまくった結果、電波系のインフラだけはあっという間に広がったということでしょうか。
しかし・・・我々日本人からすると、水道も電気もままならないインフラ状況で、モバイル端末をイジっている現実は違和感を感じざるを得ません。
先進国が歩んできた社会インフラの進化過程を思いっきり掻い摘んでいるような気がしてなりません。
『ドラゴンボール』全42巻をいきなり31巻から読むような感じですかね・・。

デリー郊外にあったデッカイ広告。私も愛用している台湾ブランド『HTC』ケータイです。
 
 
さて、続いては【インド人とビジネス全般】についてお話をしていきましょう。
まず、インド人は【時間にルーズ】というイメージです。
インド人の時間感覚を説明する時に「今から行くと行ったら3日後に家を出て、それから3日かけてやってくる」といった表現の仕方がありますが、実際はどうなんでしょうか。
現地の企業様にお話を聞いたところ、実際仕事においても納期はかなりいい加減な部分があるとおっしゃってました。
1日、2日遅れるのはザラだそうで、ひどい時には1週間。
死ぬほどひどい時には1ヶ月待ちなんてのもあるようです。
最初は「なんで納期どおりに仕上げてこないんだ!」と怒っていたそうです。
納期遅延の理由は様々で『渋滞で車が立ち往生している』『車が故障して動かなくなった』
『事故を起こしたのでしばらくそっちには行けない』『実はまだ会社にいる』等々・・小学生の言い訳みたいなものです。
インド国民全体がこのような感覚ゆえ、世界一時間にうるさい日本人ですら「こらあかんわ・・」という感覚に変わってくるそうです。
だからインドにある大多数の工場は日系か否かに関わらず、部品納入が遅れるのを前提で生産計画を立てています。
部品在庫の状況は企業様によって違うようで1週間分~1ヶ月分とマチマチでした。
 
 
あと、【カースト制度】の影響はどうなのか。
皆さん気になるところだと思います。
カースト制度というのは4階層に区分された職業身分の制度です。(カーストの「外」を含めると5階層になりますが・・)
現在、法律上ではカースト制度の存在は事実上、消滅しました。
しかし、3000年以上の歴史を築いてきたカースト制度の影響力が易々と消えるはずもなく、現在のインド社会全般においてもその根は深く残っています。
カーストの影響が今も色濃く残るのは『結婚』だそうです。
こればかりは『家』と『家』の繋がりですから当人同士がよければそれで良しというわけにはいかず、仕方がないことかもしれません。




では、実際の仕事場においてはどうなのか。
今回訪問させていただいた日系企業様ではそのようなカースト間の障壁はほとんどないとのことです。
実はインド人同士では名前を見ればなんとなく【出】がわかるようでして、
少なからずそういったコミュニティが形成されることもあるようです。
少なくとも実務においては全く問題なしとおっしゃっていました。

カーストと5Sにまつわるエピソードがあります。
「朝会社に来たらみんなで床を掃除をしよう」と日本人の責任者の方がゴミを拾いながら床を拭いたそうです。
するとインド人の従業員が「偉い人がそんなことはやめてください!それは下層カーストのする仕事です!」
と反発したようです。
しかし、掃除も契約に含まれていると説得した他、5Sの重要性や日本人的感覚を説いた結果、
今ではインド人従業員みんなで床掃除を始めるようになったということです。
インドの街はどこを歩いても塵芥と砂埃のオンパレードです。
逆に日系企業の工場はどこもピカピカです。
今までにそういう「綺麗な環境」で働いたことがなかったインド人には、
掃除をして床をピカピカにするという行為は逆に新鮮だったのかもしれません。
日系企業の信念と努力がやがてインドの街を綺麗にするといっても過言ではないと私は思いました。

あと、意外にもインドには派遣会社もあるそうです。
スキルの高いエンジニアですと売り手市場で職を探すことが出来ますが、一般的なワーカーレベルだと完全な買い手市場です。
例えば、職場環境や賃金待遇に不満がある場合でも、上層部に掛け合ったところで「君の替わりなどいくらでもいる」と言った感じでクビを切られることも少なくありません。
だからワーカーは多少の不満があっても耐え忍んで日々の仕事に勤しみます。
一度仕事を辞めてしまうと以前と同じような待遇や環境で仕事が出来るとは限らないからです。
しかし、我慢も限界に達すると、日本でも大々的に報じられましたマルチスズキのような大きな労働闘争に発展することもあります。
質の良い労働力をいかに安く確保していくか、今後も永遠に続いていくであろう企業の最重要課題です。

さて、まだまだ長くなりそうですね。

前編はここで終わりです。

次回、後編はインドの交通事情と自動車・バイク全般のお話をメインに進めていきましょう。

イッセイが見た・聞いたの話が主体となりますが、寝る間も惜しんでこの目に焼き付けてきたインドの光景です。
バス、トラック、リキシャ、乗用車、牛、バイク、犬、人、死体・・・
インドの「道」には日本では絶対にありえないようなさまざまなモノが存在しました。
インドにおける車・バイクの将来性や、現状考察等々色々と書きたいと思います。

また、今回ご訪問させていただきましたホンダ技研工業㈱インディアの方にもたくさんお話を聞かせていただき、またこちらからは色々と質問や要望をお願いさせていただきましたので、そのことについてもお話したいと思います。
それでは今日はこのあたりで!

ナマステ~!(ちょっ・・それあいさつ)
  


イッセイ

2013.03.02

イッセイ企業視察の旅 第三夜 タイ編

 さて、皆さん。こんにちは。

三夜連続と言っておきながら、やはり1日あいてしまいました(笑)スミマセン。
あさっての今頃、私はインドにいます。
何せ交通マナーがメチャクチャというイメージしかありません。
車にハネられて死んでもいいようにちゃんと保険にも入りました。
・・いや、死んだらよくないな。
 
インド視察終了後にもちゃんとレポートを書きたいと思いますので、皆さん楽しみにしていてください。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【タイ視察記】
2011.10.20 ~ 2011.10.23

 
さて、私は10/20~10/23までの間、タイに行って参りました。
 
上海ファスナーエキスポの際にお世話になりました貿易商社経営のIさんから
「今年の秋にバンコクに工場見学に行きましょう」
と梅雨の時期だったでしょうか・・お誘いをいただいておりましたので、
「これは現地の工場を見るチャンス!」
ということでこのたび、勢い勇んで参ってきたというわけであります。
おおまかな予定では、当社の製品を使っていただいてます現地のメーカー様を見学する予定でした。・・が、タイは現在、過去50年で最悪と言われる大洪水の真っただ中。
日系企業が多く集まる北部のアユタヤでは多数の工場が水没。
10月の中旬になってからは首都のバンコクまで水が流れ込んだとのことで、テレビには水没した高速道路の映像や、住民がゴムボートに乗って往来している衝撃映像が映し出されております。
 
高額なキャンセル料を支払うのか、泥水があふれる街中を潜水しにいくのか・・・「行くも地獄・戻るも地獄」の極悪な2択を迫られる状況で、出発日を指折り数えていますと、3日前には現地動物園から100匹あまりのワニが市街地に脱走したという報道、1日前にはバンコク北部の地域住民100万人に避難勧告が出されたとの報道が・・。
 
「こ・・、これはわざわざ死ににいくようなモンでわ・・」
 
しかしサイは投げられているのです。
 
20日昼、現地からの情報が交錯する中、関西空港でIさんと合流しました。
やはりIさんも、現地の詳しい情報がわからないとのことです。
とりあえず行ってみるしかないです。
 
バンコク行きの乗り場はこのとおり!
 
 
飛行機もこのとおり!
 
100席あれば10人乗っているかどうかというところです。
いや、むしろ自分たち以外の人が乗っているというのがスゴい・・。
 


この時期にタイ入りを決行するというクレイジーな乗客を乗せた飛行機は午後4時前、日本を出発しました。
 

 
時計を現地時間に合わせましょう。(日本との時差は-2時間です)機内はほとんど貸し切り状態です。
真ん中の席をベッド代わりにしてそのまま寝てしまったので、すぐに到着しました。
 
 
 
タイ到着です!
私は30歳を目前に8つ目の海外を制覇(!?)です。
 




 
さて、結論から言いますと、滞在した3日間、バンコク都内は割と穏やかでした。
日本での報道を見ますとあたかもタイ全土が水没してしまい、都市機能がマヒしているというような印象がありますが、道路は冠水し、街では暴動が起きている・・なんてことはなく、人々は普段どおりの生活をしていました。
しかし、バンコクに水が浸水しているという報道は丸々ウソというワケではなく、実際チャイナタウンの一部には水が迫ってきておりました。
私が見た感じですと水深は1センチほどでしたが、これから数日かけて徐々に都心部に流れ込むとの情報です。
 

 
チャイナタウンの店主たちは自らの城を守ろうと、店の入り口にブロック塀をコンクリで塗り固めたりと、完全防護の体制で挑もうとしていました。
月末には海が満潮を向かえ海面が上昇しますので、本当の被害はこれからといった感じでしょうか。
タイの無事を祈ってやみません。
 
 
さて、イッセイのタイ滞在時間はホンのわずかなものでしたが、短い時間の中でもわが身をもって体験したことは非常に刺激の強い思い出となり記憶に深く刻まれました。本ブログでは、私が見てきて感じたタイのありのままの感想を書き連ねたいと思います。
 
その前に、そもそもタイは日本と同じ立憲君主制国家であり、大東亜戦争の折には日本と同盟を組んでいたこともあって非常に親日的な国として知られています。
また戦前から日本企業が数多く進出していた地域であり、日本の歴史や文化はもとより、日本の製品、サブカルチャー等を抵抗なく受け入れることができる土壌がごく自然と形成されていたとも言えます。
そういうこともあってか、街にはいろんな日本語が散らばっていました。
また、日本の音楽やキャラクター、マンガなども多数見受けられました。
ちなみにバンコク滞在中、一番目にした日本のキャラクターは【ドラえもん】でした(笑)
 
 
さて、まずはバンコクでの【食事】です。
旅先での醍醐味といえばやっぱり地元屋台の名物料理です!
・・と、言いたいところですが、ハラに「よからぬ物」が入ってくるとマッハの勢いで下痢に見舞われる私にとって、タイで見る屋台の食べ物を口にする勇気など1ミリもございません。
安全を一番に考えると屋台は避けるべき、ということで結局はショッピングモール内にあるフードコート系に落ち着きました。
 
滞在2日目の夜に、現地のねじ問屋で働いているスニーさんに『サイアム パラゴン』ショッピングモール内にある『翡翠金閣』という高級中華料理店に連れて行っていただいたのですが、これがとても良かったです。
貧乏な舌の持ち主である自分には勿体ないほど美味しゅうございました。
また、2日目の昼に行った日本食レストラン、最終日に行った日本風焼き肉店もなかなか美味しかったです。
 
タイ国内でもっとも有名な日本食メーカーは『OISHI』グループと『FUJI』グループだそうです。
とりあえず、この看板が出ている店に行けば間違いないだろうとのことです。
 





 
日本食レストランはタイ国内でもかなり人気があるらしく、ショッピングモール内の日本食レストランは休日ともなると行列必至とのこと。
実際に、焼き肉とかラーメンとか丼とかの店がスゴく多かったように思います。
 
 
ちなみに、バスの広告で見た『チャクザ』と書かれたジュースが猛烈に気になりながらも帰国の日までに見つけることができなかったのが悔やまれます。
日本に帰ってから調べましたら、『チャクザ』はやはり『OISHI』が展開する炭酸飲料水だそうで、名前の由来は【茶】と【ヤクザ】を掛け合わせた造語だそうです。(ヤクザ・・笑)
 
 





 
次は交通手段である【車・バイク】全般についてです。
ここ数年の経済発展のおかげでタイ人の所得も年々増加傾向にあるようです。
それに伴い、中間所得者層には車を持つ人もチラホラ出てきているようです。
街で見かける車はうれしいことにほとんど90%が日本車で占められています。
街で一番多いトヨタ・カローラを筆頭に、ヤリス(ヴィッツ)、カムリ、ランドクルーザー、ハイラックスサーフ、アルファード、エスティマ、現行のプリウスもありました。
ホンダはJAZZ(フィット)、アコードが多いです。
ニッサンはやはりタイ製である現行マーチが大人気なようでそこそこな数を目撃しました。
ミツビシ、マツダは数回、トラックは日野(旧ロゴ)が多かったです。
レクサスブランドは全く見ませんでしたので、タイでは展開していないのかな?
そして、途上国相手に売り上げを伸ばす韓国ヒュンダイはなんとバンコクでは1度も見ませんでした。
街中では日本車が多いですが、中間所得者層以上が集まる高級ショッピングモール『サイアム パラゴン』内のパーキングでは一転、ドイツ車が多いように感じました。
ベンツ、BMW、アウディ、MINI(今の)と続きます。
ベンツは一時期、一部のグレードをタイ生産にしたところ、タイ国内での人気がかなり下がったという話を聞いたとこがあります。
それでも「腐ってもベンツ」。
人気は絶大です。
 
パーキング1階の真正面に7777ナンバーの真っ赤なフェラーリF430が止まっていたのはちょっとビックリしました。
 
 

続いてバイクです。
タイ人の重要な移動手段はやはりバイク(主に125cc)です。
何よりも自分の目的を達成するのが最優先であり、無謀運転という自覚があるはずもなく人々は抜きつ抜かれつを繰り返しています。
以前、ベトナム・ハノイで見た光景とほとんど変わりません。
ただ、バイクの種類やバイクに対する考え方は少し違う点があるなと思いました。
 
まず、ベトナムでは「ホンダ」=「バイク」というくらいにホンダのシェアが圧倒的でありますが、タイでは少し違うようで、ホンダの寡占状態というわけではないようです。
体感比率は【ホンダ3:カワサキ3:ヤマハ3:スズキ1】という感じでしょうか。
スズキが極端に少なく、それ以外が同じくらいの比率で拮抗しているという印象を受けました。
ただし、古いバイクはカワサキが多く、ピカピカのスクーターはヤマハが多かったという点を考えますと、これから先、各社シェアは少しずつ変わっていくのかなとも思いました。
そして、ベトナムでは先鋭的なフォルムのスクーターが圧倒的に多かったのですが、タイでは現役で動いているバイクの約半数が一時代前の2サイクルのバイク(2ストロークバイク)という点です。
 
 




 
そこらで白煙をまき散らしております。
街を歩いただけでやたらと体力が消耗する原因は、この2ストチャンバーから放たれる爆音と、オイル臭い白煙が原因だといっても過言ではありません。
非125ccの日本製バイクもわずかながら存在しました。
CB400スーパーフォア、スティード400、ビラーゴ250。
日本からのお下がりバイクとみて間違いないでしょうが、どういう経緯でタイに流れたのかは興味がありますね。
あと、カワサキのニンジャ250Rも見ました。(これはもともとタイ製です)他の途上国と明らかに違う点としては、車やバイクを足として使いながら、実は趣味的な要素も持ち合わせている点です。
なんとバンコクの若者は車やバイクをイジるのが大好きです。
そう、カスタムです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

















日本にそのまま持ち込んでも通用するようなセンスのイイイジり方の車もかなりありました。
これは、同水準の経済レベルを有する他の国ではほとんど見られない光景です。
まず、カスタムという概念すらない国がほとんどです。
そもそも、イジるお金があるのなら他のことに使うか、もっとイイ車に乗り換えようと考えるものです。
しかし、バンコクの若者は見栄やステータスより、自分の好きな世界にお金を投じているという感じが伝わってきます。
エンブレムをつけたり、ホイールを変えたり、内装をデコレーションしたり・・形は様々です。
例えば、上の写真にあるCB400スーパーフォアにはヨシムラのカーボンマフラーが装着されておりました。
日本でも50,000円からする一品です。
イイ車に乗りたいと考えている人が買う物でないのは明らかです。
そういう意味でも、タイの自動車&バイク関連のアフターマーケットの伸びしろはまだまだ未知数だと感じる次第です。
日本のアフターメーカーは積極的にタイに投資するべし!(笑)
 
 
 
余談で恐縮ですが、これはバッタモン市場で有名なパッポン通りのとあるお店の壁にブチ上げられていたバイクです。
エンジンの形を見る限りではベース車両はCBっぽいです。 (エンジンはDOHCだから『~F』かな?)
 
 
 
続いて【タイ国民とタイ国王】について書きたいと思います。
我々日本人がタイ人に見習わなければならないなと思うことがありました。
それはタイ人のタイ国王に対する崇高な【敬愛心】です。
タイの国王はラーマ9世、通称『プミポン国王』。
タイの紙幣『バーツ』にはすべて国王の顔が描かれています。
プミポン国王は常に国民の目線で自ら行動を起こし、農地改革や干ばつ対策に積極的に取り組んでいらっしゃいます。
また、人格者であり慈悲深い人物であることからタイ国民から敬愛されるタイの象徴でもあります。
タイ人の国王に対する尊敬は決して某独裁国家に見る崇拝教育といった「強制」ではなく、タイ人自身の内からくる自発的な感情からです。
ツインタワーホテルのロビー、ネジ屋さんの事務所の壁・・あらゆるところにプミポン国王の肖像画が張られていました。
また、国王の誕生日には全国民が国王の誕生色でる黄色の服を身にまとい盛大に祝う習慣があります。
プミポン国王は、タイ人の心のよりどころといっては大げさかもしれませんが、それに勝るとも劣らない偉大な存在なのです。
一方、日本には世界に誇れる世界最古の王朝である【皇室】が存在しますが、今日の日本にタイで見たような光景は一切見られません。
日本人自身が皇室に対してあくまで無関心だからです。
自国の象徴すら敬うことができないとは、なんとも嘆かわしい限りです。
今日の日本人が遠い昔に失ってしまった【真心】を、タイ人に見た気がしました。
 
 
さて、本題はいつ登場するのやら・・・
ハイ、実は今回のタイ視察の最大の目的は【工場見学】だったのですが、見学予定だった工場2つがまさに洪水被害で壊滅状態となっているアユタヤにございまして、この旅での訪問は不可能となりました。
結局、街のネジ屋さん数軒と、Iさんが日頃お世話になっている現地のネジメーカーさんを訪問して帰ってきました。
まあ・・それだけでも私としてはかなりイイ情報が得られたなと思います。
今回のバンコク視察は当初の予定より大きくズレが生じましたが、色々と貴重な体験ができたので、結果としては非常に意義のあるものだったと感じました。
洪水被害が完全復旧した折に改めて訪問したいと考えております。今回もIさんには色々とお世話になりっぱなしでした。
 
ありがとうございました!
 
さて、ここからは写真で見るバンコクの【風景】です。
 
 
 
 


これは車好き、特に旧車好きにはたまらない通りです。
ナルディやモモのハンドル(・・のレプリカ)、当時物のエンブレムやテールやキャブ、日本のワゴンセールから流れてきたようなカスタムパーツ等々、1日中まわっても飽きません。
ホールデンのエンブレムなんかはちょっと欲しかったかもw
 
 


これはタイ名物【トゥクトゥク】。
二輪車を改造したもので、まあ、いわばトライクみたいなもんです。
現在は、安全性や環境の問題で新規登録はできないとのことです。
いずれはなくなる運命の乗り物です。
ちなみにこのトゥクトゥク。
なんとバイク乗りが集まる大阪の某イベントで見たことがあります。
しかも公道仕様!
こんな珍車が大阪の町を走っていると思うと、ワクワクしますね~!
 


これはパッポン通り
時計やブランド物の宝庫です。
もちろんオールバッタモン。
立派な店構えのショップに並んでいるバッグもオール偽物。
でも本物のオニツカタイガー(メキシコ66)が売っていました。
ちなみにロレックスも大量にありまして、「Aキュウ!Aキュウ!」といって見せに来るのですが、ベゼルやデイトの仕様で一発で偽物とわかるくだらない物でした。
 
 


さて、最後はタイと関連のあるあの有名ドリンクにまつわるエピソードを。
皆さんは『レッドブル』という飲料水はご存知ですか?
向かい合った水牛が目印のエナジードリンクです。
日本ではコンビニ限定で展開されている唯一無二、孤高の栄養ドリンクです。
実はこのレッドブル、生産国が北米やヨーロッパなので欧米系の飲料水ブランドだと思われがちですが、実は誕生の地はタイなのです。
日頃からレッドブルの飲みすぎで、ついには愛車であるYAMAHA R1-Zにレッドブルのステッカーを貼っちゃったくらいレッドブルファンの私にとって、タイはまさに【聖地】でもあります。(笑)
「タイに行くからには、何が何でもレッドブル関連の物を買って帰るぞ!」
と、今回、大志を抱いて海を渡ったわけです。
しかし、我々が普段目にする世界的に有名となったレッドブルと、タイ国内で売られている元祖レッドブルはまったく別物。
バンコクの街中でレッドブルのグッズなんか売っているわけもありません。
しかし、最終日に行きましたパッポン通りにてついにレッドブルのグッズをGETすることができました。
IさんとHさんに買っていただいたお土産です。



 
こちらはレッドブル レーサージャケット(レプリカ)。
シルエットはダサいけど、デザインが超好き!
 
そして何よりお気に入りなのがこちらのTシャツ
 
 
レッドブ・・・・じゃねーし!!(笑)
 
以上、東南アジアのカオス タイ・バンコクのレポートでした。
 
モダンと伝統を同時に味わいたい欲張りな方はぜひ行ってみてください。
 
 

ではでは。
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